物理学の余燼

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パトラッシュが駆ける！

2016年04月02日ナビトモブログ記事
テーマ：テーマ無し

理系か文系か、ということになれば、私は多分、文系だろう。
図書館に行く回数が、世間の皆さんより、少し多いかもしれない。
文を書くことが好きだ。
というくらいのことなのだが。

高校一年の時に、物理を学んだ。
必修科目であり、学ばねばならなかった。
私はこれが嫌いであった。
担当する先生の、権柄づくが不快で、それで一層嫌いになった。

二年では、化学を履修させられた。
物理より、さらに苦手であった。
テストにおいて、白紙の答案を出したことがある。
よく先生が、単位をくれたものだ。

実を言えば、一年時の同級生に、留年を余儀なくされたのが、一人居た。
留年は、即ち落第であり、彼は一年生を二度やらされることになった。
物理において、赤点を取り、権柄先生により、
容赦なく処断されたと、こう伝えられている。
私の場合、たまたま温情ある、化学の先生に当ったというよりない。

三年の時に、数学の授業で、微分積分を教わった。
しかし教わっただけ。
社会に出てから、それを何かに応用出来たことがない。
ただの一度もない。
数式も何も忘れた。
しかし不思議なことに、その概念だけは、今も覚えている。

物理、化学においてもまた同じ。
多くを学び、そのほとんどを忘れた。
しかし、ここでも、概念として覚えていることはある。
私はどうも、人間が大まかに出来ている。
大まかにしか、物を覚えていられないらしい。

結局こういうことだ。
理系は無理だから、文系。
他に行く宛がないから、やむを得ずに文系。
私の場合は、そんなようなものだ。

　＊　＊　＊

パトカーに追われ、逃走を図った車が、事故を起こした。
運転者は、二十歳の若者であり、酒を飲んでいたらしい。
赤信号を無視し、交差点に突入した。
時速百二十キロは出ていたと伝えられる。
たまたま通りかかったタクシーの側面に衝突した。

激突と言った方がいい。
映像で見ると、タクシーは、空中を吹っ飛んだかのようだ。
これでは無事に済むわけがない……と思った通りに、運転手は亡くなられた。
一瞬のことであり、彼は何が起きたか、わからなかったであろう。
気の毒でならない。
若者の無謀に、激しい怒りを覚えている。

一方で私は、妙なことを思い出している。
物理で習った数式「f=mα」である。
mは質量（重量）αは速度。
両者を乗じたものが、f　即ち衝撃の強さということになる。

αが大き過ぎた。
無謀車の速度である。
あまりにも大き過ぎた。

乗用車同士、その重量、つまりmは、ほとんど変わらないと思われる。
そのαの違いゆえに、ひとたまりもなく、タクシーの方が吹っ飛ばされた。
という物理学の基本を、私は、テレビで衝突の場面を見る度に、思い出している。

かつて東京湾において、自衛隊の潜水艦「なだしお」と、遊漁船が衝突した。
漁船の側に、多くの死者が出た。
この時も思った
しきりにこの数式を思った。
こちらはmであった。
mが違い過ぎる。
鎧袖一触のごとくに、漁船は潰えた。
私は物理学の概念を、妙なところへ持ち込んで、ものを見ている。

私の理系の概念は、世渡りに際し、少しも役立っていない。
それを言えば、文学だって同じ。
詩歌も小説も、人生に有用だった、ためしがない。
私は、多くの無駄を、さながら埃のように、
この身にたからせつつ、人生を生きている。

　＊　＊　＊

学問には、さまざまな分野があり、人にはまた、得手不得手がある。
人により、その人生において、用いることのない学問もある。
ざらにある。
それらを学ばせる。
そこまではいい。
公立学校の教育課程として、止むを得まい。

その履修が十分でないとの理由で、生徒の人生の中の、一年間を奪う。
棒に振らせる。
これが教育者として、正しいことなのかどうか。
私は出身高校の方針と、物理の教師の処断に、大いなる疑問を持っている。

教室で一年間、物理の授業を受けた。
これだけで、了とすべきではないか。
その結果、私のような、ぼんくら生徒でさえ、f=mαくらい覚えている。
教養とは、この程度のことで、十分だと思っている。