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パトラッシュが駆ける!

先生と師匠 

2016年01月02日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「先生どうぞ。奥へどうぞ」
M氏が私を手で招く。
「どうぞどうぞ」
Y氏も横から促す。

本当は通路側の席が、トイレに立つにも便利なのだが、この際は仕方ない。
二人は、私をもてなそうと、しきりに気遣いを示してくれている。
私は、招かれた客と言うことになっている。

しかし、バツの悪いことがある。
二人が「先生」と呼ぶ度に、隣席の男女や店員が、呼ばれた私の顔を見る。
その目が疑っている。
この男の何処が、先生なんだ?と。

無理もない。
私の身に備わっていないもの、それは品性だ。
精悍な顔のM氏、インテリ然としたY氏に比べ、いかにも風采が貧しい。
太っ腹のM氏、長身のY氏に対し、体躯もまた、劣っている。

M氏は、さる都市銀行の、取締役にまで上った男だ。
Y氏は、さる大病院の、事務長を長く務めていた。
男の場合は、往々にして、その地位というものが、人を作る。
その風采を高からしめる。
一介の小商人(こあきんど)であった私では、
いくら背伸びをしたところで、作り得なかったものがある。

そんな私が、二人の紳士により、先生と呼ばれている。
理由は一つ、私が囲碁サロンのアルジであるからだ。
そこで、囲碁を教えているからだ。
たったそれだけのために、彼らはこの私を、先生と呼ぶ。

私のサロン内でなら、やむを得ない。
しかし、公衆の面前において、それを言われるのが困る。
私は、この身を捩りたくなるくらいに、むず痒くなる。

ちなみに、この私を、師匠と呼ぶ人もいる。
これは、文筆の方の後輩であり、同時に飲み仲間でもある。
これが、居酒屋で飲むとき、周囲を憚らず、私を「師匠」と呼ぶ。
「弟子にした覚えはない」と言うのだが「いえ、押し掛け弟子です」という。

ある時、面倒くさくなり「勝手にしろ」と私が叫んだらしい。
酔っている時のことで、私には覚えがない。
「勝手にさせて頂きました」
以来、私を師匠呼ばわりし、平然としている。

先生と師匠。
似ているけれど、実態は微妙に違う。
先生は、即ち教育者であり、教え、諭し、戒めるを、その本務とする。
そこに、学究的雰囲気というものも、兼ね備えていなければならない。
と、私は思っている。

そこへ行くと、師匠は気楽だ。
技の伝習という、その一点にかかり、品格は求められない。
教養や知性は、なくてもいい。
技量さえあれば、誰でもその地位に就ける。
早い話、噺家だって、長じれば「おっしょさん」になる。

どちらかと言えば、私には、この方が合っている。
居酒屋で「師匠」と呼ばれることには、大分慣れた。
「先生」には依然、馴染めぬものがあり、呼ばれて時に、
この身を大いに恥じる。

 * * *

焼き鳥が美味い。
特にレバーだ。
ほんのりと焦げ目が付いていて、中はレアだ。
これをタレで頂く。
肉汁が口中に広がる。

刺身もいい。
活きがよく、盛り付けもきれいだ。
ビールを終え、酒に切り替えた。
このころから、私は調子が出始めた。

その店には、獺祭があった。
今や人気の清酒であり、入手が困難になっている。
「どうぞ、どうぞ」
M氏は、勧め上手だ。
その業務上、接待は日常茶飯事であったろう。
実にもう、手慣れている。

お二人から招待を受けた際、私は固辞したのであった。
私は囲碁のお相手をし、僅かではあるが、報酬を受け取っている。
それで十分なのですと言った。

しかし二人は、引き下がらない。
「ほんの気持ですから」
「たかだかの居酒屋ですから」
口々に言う。
仕方ない。
そこまで言われ、応じないわけには、行かなくなったのだ。

「あの、お隣さんが食べているのと同じやつを」
私はとうとう、自ら注文を発するようになっている。
隣席の男女が、アボガドとフランスパンに、何かを付けて、
美味そうに食べているのを見て、たまらなくなった。
我ながら、食い意地が張っている。
人の食べているものが、気になって仕方ない。
私の身から、慙愧はとうに、消え失せている。

「先生、いかが?」
「じゃあ、獺祭をもう一杯」
枡の上のグラスに、なみなみと注がれるそれを、またもや注文したのであった。
それが何杯目になるか、既にしてわからなくなっている。

飲兵衛は、これだからいやだ。
しかし、その飲兵衛を、先生と持ち上げ、誘った方が悪い。
私は心ならずも来てやったのだ。
何時の間にか、私は大層、気が大きくなっている。
矢でも鉄砲でも、持って来いとなっている。

隣席の男女は、既にして去って行った。
惜しいことをした。
「私は実は・・・」
彼らの疑問に答え、先生たる謂れを、説明してやるのであった。

しかし、その必要は、なかったかもしれない。
私の酔態をみれば、くどくど言わなくてもわかったはずだ。
二人して、店の外で語ったかもしれない。
「先生って、あんなに安っぽいかね」
「今時は、あんなもんでしょ」

これが「師匠」であったなら、彼らもなんとか、納得したかもしれない。



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清雅亭で音楽会もいいですね

パトラッシュさん

喜美さん、
筆が立たないなんてことは、ありません。
こうして立派に、コメントを書いていらっしゃるじゃないですか。
それも、多くの人に向けて。
立派な才能ですよ、これは。

この私が歌の師匠に?
冗談はお止め下さい。
せっかくの、清雅亭の空気が、淀んでしまいます。
喜美さんのソプラノを、聞かせて頂きたいのは、こちらです。
「ここに幸あり」なんか、良いとおもいますよ、きっと。

2016/01/03 09:31:03

読み逃げで結構です

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
今年もよろしくお願いいたします。

読んで頂くだけで、ありがたいです。
私はもはや、書くことのためにだけ、生きているようなものですから。

シシーマニア家では、先生だらけだったのですね。
石を投げれば、先生に当たる。
いえいえ、決して投げたりはしませんが。

中国での「先生」は日本における「さん」と同じくらいの、軽い敬称と聞いております。
わが国の場合、TPOにより、その語感は、幅があり、軽重があるようです。

私も、小学生から言われる「先生」は、気にならないのですがね。
同輩あるいは、年長者から言われると、くすぐったくていけません。
慣れないから・・・ではなく、身に備わったものが、足らないから・・・だと思っています。

2016/01/03 09:22:01

笑顔が似合う

パトラッシュさん

彩々さん、
笑って下さって、うれしいです。
私は、人を笑わせることに、余生を賭けようかと思っているくらいですので。

鏡開き、いいですねえ。
開くものなら、わたくし、なんでも好きなのです。
(どうせなら、「金運」が開くを望んでおりますけど)

私、何時でもOK。
但し、SOYO嬢の執筆の関係もあり、その辺を調整したいと思います。
(忘我の境に、水を差す、いや酒を差すのも、いかがなものかと・・・)
これで、弟子思いなのです。

2016/01/03 09:01:48

私の師匠にも

喜美さん

おめでとうございます
今年もよろしくお願いします
先生と師匠 師匠は一芸に秀でています 先生は昔と違って色々です
ただ単に先に生まれたと思えば子供達に教えてもこんなものかと思えばいいわけです 色々事件もあります
その師匠が私ともお喋りできるなんて光栄です でも私は筆がたたないので
わたしの歌の師匠になってください
一曲目が ろくでなしでは師匠も弟子も大したことないね
色々教えて下さい思い出しながら
頑張りますから お願いします 

2016/01/03 08:48:14

先生、と呼びかけるのは気楽です

シシーマニアさん

師匠、明けましておめでとうございます。

今年の元旦の朝には、まず師匠のホームページを訪問しました。時間がなくて、まだ読み逃げですけれど・・。


私の人生は、親が教師だった為、周りの大人を先生と呼びかけるところから始まりました。殆ど「Mr.」の感覚です。更に自分も教師となり、主人までリタイヤ前の10年ほど教師でしたので、電話が鳴って「先生はご在宅ですか?」と聞かれると、混乱するのが常でした。

そんなわけで、「師匠」という言葉を口にする機会は殆どありませんでした。今に至っても・・。

私にとってこの新鮮な響きは、もはや一般名詞ではなくて、一人の方のお名前と化してしまいました。

命名された方の、センスを感じます。

師匠、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

2016/01/03 06:39:45

初笑いです

彩々さん

2016年の新しい年の幕開けにピッタリな
お話しでございました。
早起きの私にとって、これが2016年の初笑い
になりましたわ。

私にも酒飲みの友が多くいます。(数知れず)
もちろん、パトさんもその中のお一人です。
でもパトさんからは、改めて日本酒の美味しさ、
飲み方を学ばせていただいております。

盃になみなみと注ぎ、こぼさず呑むことを
強要するような暖かくも、厳しい目で見守り、
教えてくださる。
まさに、私にとってのお酒の先生です。

今年も何卒よろしくお願いします。

そういえば…我々の「鏡開き」の祝い日は
まだ、決めていませんでしたね。

2016/01/03 04:50:38

先生の価値

パトラッシュさん

吾喰楽さん、
新春の寄席には、余慶がありますね。
鏡開きに枡酒とは、そりゃ、結構毛だらけです。
一杯飲んでの落語も、楽しかったことでしょう。

講談師の先生は、わからないでもないですが、
漫才の「先生」には、笑ってしまいますね。
「先生の安売り」と考えれば、私もそれほど、気にする必要がないのかも・・・

2016/01/02 19:41:42

師匠と先生

吾喰楽さん

初笑いに行って来ました。

開演前に鏡開きがあり、たい平師匠が注いでくれた升酒を、味わって来ましたよ。

噺家は師匠ですが、なぜか講談師と漫才師は先生なんですよね。

2016/01/02 18:37:53

お励み下さい

パトラッシュさん

Reiさん、
楚々たる女性を見ていると、つい宿題を出したくなるのです。私は。
宿題の出ているうちが、花です。
宿題を課されなくなったら・・・
それは、淑女を卒業した時と、こうお考え下さい。

「麿」はお止め下さい。
マロニエなら、好きですが・・・

2016/01/02 13:41:40

呼ばないで下さい

パトラッシュさん

SOYOKAZEさん、
先生と呼んだら、その時は破門です。
「兄貴」あるいは「先輩」くらいの方が、よろしいのです。
「お公家さん」も止めて下さい。
酒場中の人が、私を振り返り、笑うでしょう。

> 初めてお話させて頂いた時には、恐れ多く感じたくらいです。(これ、ほんと!)

って、その割には、ようけ飲みはったけど・・・

2016/01/02 13:22:13

先生!!

Reiさん

私も先生と呼んでしまおうかしら!?
いえいえ…やはり師匠!!
私は、押しかけ弟子ではないつもりだったのに、いつのまにか宿題が出ていました(>_<)

師匠の上品なお顔立ち…実は内心、麿(まろ)と呼ばせてもらっています…シラフの時だけ…(((^_^;)

2016/01/02 10:25:00

今年は先生とお呼びしましょうか?(笑)

さん

パトラッシュ先生 
 明けましておめでとうございます。

う〜ん。なんか、しっくり来ないですねぇ。
師匠の方が粋で、べらんめぇな江戸っ子の貴方様にはお似合いのような気がします。

品性は勿論ございますとも。
お公家さんのような顔(かんばせと、皆さん読んで下さい)、穏やかで丁寧な物言い。
初めてメールを頂いたり、お話させて頂いた時には、恐れ多く感じたくらいです。(これ、ほんと!)

しかし、お酒が入るに従い、お公家さんが江戸っ子に豹変。
しかも、茶目っ気たっぷりで、母性本能をくすぐります。

作品を送ると、実に厳しく、しかも愛情たっぷりなご指導が入って返って来ます。
出来の悪い答案を返される生徒の気分で待ち受ける私。
恐くて、温かいこの方は、やはり私にとって師匠以外の何物でもありません。

   ナビに師匠を広めた押しかけ弟子より

2016/01/02 09:42:38

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