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独りディナー
ブルノの世界遺産
2015年07月23日
テーマ:シニアライフ
二度目に、チェコのブルノ市を訪問した三年前。
レセプションでピアノを弾いた後で。
それまでにも、何度かお会いした事のあるラトゥカさんが、私に訊いた。
「明日の予定は、何かありますか?」
「午前中に、トゥーゲントハット邸を見学する予定だけで、あとは何も・・」と答えると、
「まあ、私が第一にご案内しようと思っていた場所だわ」と言って笑った。
それは多少、彼女をがっかりさせたのかも知れないけれど、ブルノで訪れる場所としては、外れていなかったのだとも言える。
ラトゥカさんとは、同伴夫人同志として色々な場所で会っているのだが、彼女のホームグランドであるブルノで会うのは初めてである。
トゥーゲントハット邸は、1928年から30年にかけて建てられた個人の邸宅で、記憶に間違いがなければ、トゥーゲントハット夫妻の結婚のお祝いに、夫人の父親からプレゼントされた邸宅である。
つまり、夫妻ともども大富豪の出身だったのだろう。
何で財を築いたのかは、忘れてしまったが・・。
でも、ユダヤ系であった夫妻が後にスイスに亡命した為、そこに住んだのはほんの数年間であったらしい。
道に面した入り口は平面ながら、邸内に入ると南西に向かって急な勾配が広がり、そこが高台であったことがわかる。
白亜に輝く建物の、殆どの壁面はガラス張りでできているという、当時でなくとも画期的な建築物である。
ドイツの建築家、ミース・ファン・デル・ローエの代表作品だそうである。
二階のメインフロアの窓は、一枚板の大きなガラス面で、はるか下方にはブルノの古い街並みが一望にできる、素晴らしいロケーションだった。
更に、大きなガラスの窓は、ボタン一つで階下に収納されて消えてゆき、広いリビングが庭と一体になる仕組みである。
一日の見学人数が決まっていて、「庭のみ」とか、「住宅のみ」「家全体の裏の仕組みも説明」など等、コースによってそれぞれの入場料が設定されていた。
二度目にしてやっと入場できたので、私はたっぷり時間をかけて、8人限定だったか、英語ガイド付きグループに参加した。
見学者はまず、邸内を汚さないように「靴カバー」を装着する。
靴磨きの様な機械に、靴を履いたまま足を入れると、瞬時にビニールシートが熱風で靴の周りを囲み、カバーとなって靴を包み込む。
日本の寺院などで、スリッパに履き替えるのがどうも馴染めない私にとっては、理想のスタイルであった。
人数制限しているからこその、システムだろうけれど。
今回は、場所を覚えていたので、路面電車を乗り継いで無事到着。
ラトゥカさんは、時間を見計らって「庭のみ」のコースで途中から加わり、一緒に写真を撮ってくれた。
「さて、これから行きたい場所はあるかしら・・」
車を発進させながら、訊ねる彼女に、
「できれば、ブルノの人たちが普段行く教会とか、レストランに行きたいんだけど・・」と言うと、
旅慣れた彼女はたちまち、
「では、まず家に寄っていきましょうか?」と、最高の返事をくれたのだった。
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世界遺産の受け取り方が、違うのですね
吾喰楽さんへ、
検索までして下さいましたか。
世界には色々な文化がありますね。沢山知りたい、とまでは思いませんが、その時その時の経験は、味わいたいと思っています。
洋の東西を問わず、お城や邸宅を見ると、富豪に生まれ得なかった不幸を感じたりもします。あるいは武将を魅惑するには、器量不足だったなあ、と思ってみたり・・。
2015/07/23 14:49:40
トゥーゲントハット邸
おはようございます。
トゥーゲントハット邸を、検索してからのコメントです。
素晴らしい建物ですね。
戦前の建物(日本でいう)とは思えない、モダンな建物です。
そして、広い。
まるで、公共の建物のようです。
ブルノの旅は、いよいよ佳境に入りますね。
続きが楽しみです。
2015/07/23 10:37:15