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パトラッシュが駆ける!

花 

2015年06月06日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「こちらで、囲碁を教えて頂けるのでしょうか?」
女性が戸を開けて、声をかけた。
久しぶりに、新規の客だ。
私は慌てて腰を浮かした。

多分、四十代であろう。
シニアの多い、私のサロンでは、これを年増とは言わない。
むしろ若手だ。
今を盛りの「花」だ。
「はい、どうぞ」
大歓迎ですと、言いかけたところであった。

「父が、家でぶらぶらしています。何もすることがありません。
昔、碁をやったことがあるそうです。
こちらに、伺わせて頂いて、よろしいでしょうか?」
「お幾つで?」
「八十になったところです」
なぁーんだ・・・である。
花が舞い込んだと思いきや、枯木が倒れ込んで来たようなものだ。

「よろしいですよ」
「ありがとうございます」
今さら、難色を示すわけにも行かない。
そして、枯木だって、粗略に扱ってはいけない。
明日は我が身、誰もがやがて、廃材へと朽ちて行くのだから。

「では、帰って伝えます。来るように言います」
きっと喜びますと言い、帰って行った。

それきりである。
一週間が経ち、二週間過ぎたが、枯木は来ない。
花も現れない。
どうやら、両者の間に、何かがあったと思われる。

私のサロンには、ジンクスがある。
代理人による、この手の申し込みの、成立したためしがない。
過去に、同じような例が、何度もあった。
原因はわかっている。
代理人と本人との間の、基本的齟齬である。

家庭内に、引き籠っている人間が居れば、家族としては、確かに鬱陶しい。
何とか外へ出てもらいたい。
しかし当の本人は、新たなことを始めるのが、億劫になっている。
対人関係の問題もある。
彼は、新規に人と、付き合いを始めることが、とても煩わしいことになっている。

その結果として、家に居る。
現状に甘んじている。
家族が、どんなに説得したって、言うことを聞かない。
根が生えたように、動かない。
私は、そう言う例を、幾つも知っている。

従来は、女房が、代理で来たものだ。
それが最近、相次いで、娘さんが現れる。
見るに見かねて・・・であろう。
他家へ嫁いだ娘が、実家に来る度に目にするのが、
無為に生きている父の姿だ。

「何とかならないの、お母さん」
「仕方ないのよ。いくら言ったって、聞かないんだから」
女房はとっくに、匙を投げている。
じゃあ、私が何とかしてみるわ・・・ということで、
娘が私のところへ現れる。

可哀想だが、引き籠りの当人に、問題がある。
在職中に、職場で威張っていた。
威張り散らせる立場に居た。
ということが、考えられる。

その職を退いた途端に、ただの人になった。
それなのに、切り替えが出来ない。
他人に対し、今さら、下手に出られない。
在職中と同じように、つい尊大になってしまう。
これでは、円滑な人付き合いなど、出来るわけがない。

人間を一旦、リセットしなければならない。
しかし、それが簡単に出来るなら、苦労はない。
その結果として、彼の余生は、さびしいものとなっている。
多分、そういうことだ。

 * * *

向こうから来た女性が、私に向かって、丁寧に頭を下げた。
「何時ぞやは、失礼をいたしました」
「あぁ・・・」
よく見れば、先日の「花」ではないか。

「気が進まないって、父が言うものですから」
「構いませんよ」
よくあることですと、慰めてやった。

私には、彼女の父上の、梃子でも動かない姿が、目に浮かぶようだ。
そのくせ彼は、地震の時は、さっさと立ち上がり、
きっと怒鳴るに違いない。
「おい!火の元は大丈夫か」
彼は、人を督励することが、好きなのだ。
性に合っているのだ。

「良いことがあります」
「はあ・・・」
「あなたが、囲碁を習いにいらっしゃい」
「そんな・・・」
「出来ますよ。囲碁なんて、誰にだって」
「・・・・・」
「しばらく習ってから、お父様に言うのです。
囲碁を始めたから、教えてって」
「・・・・・」
「お父様は、教わりたくないのです。むしろ教えたいのです」
「・・・・・」

苦笑しつつ、彼女は去って行った。
瓢箪から駒と言うことがある。
手は打った。
私はひょっとして、枯木より花の方を、手に入れることが出来るかもしれない。



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先導役

パトラッシュさん

彩々さん、
うーん・・・とうなってしまいました。
書き込んで下さったコメントが、そのまま一つの物語になっているからです。
それも、一つの夫婦愛の。

旦那さん、彩々さんの類まれな素質を、つとにご存知だったのですね。
それで、全幅の信頼を置き、先遣隊の役を、命じたのでしょう。
私が旦那さんだったら、同じようにしていたかもしれません。

我が家では、女房が至りませんので、私がやむを得ず「大将兼先遣隊」をやっております。(笑)

2015/06/07 07:59:52

「こちらで、囲碁を教えて頂けるのでしょうか?」

彩々さん

パト師匠、おはようございます。
師匠の囲碁サロンは、人生の縮図のように、
折りたたまれた物語を広げて、見せていただ
いているようです。

今回は、娘と歳を取った父親との切り抜きで
したが、そのタイトルを「花」とされたところに、クスッと笑ってしまいました。

このお話、読ませていただきながら、
我が身なら…と、考えました。

還暦を前に当時まだ若かった私を置き去りにして
さっさとあの世に行ってしまった夫の事を・です。
今、老夫婦として存続していたらと思うと、
このお話の娘さんと同じ立場で、私が

「こちらで、囲碁を教えて頂けるのでしょうか?」と、扉を叩いていたかもしれません。

夫は、いつも私に先陣を切らせ、(鮨屋、飲み屋、
小料理屋などもです)
‘取敢えず、お前が行って来い!’と言い、
私が、そこで楽しそうに馴染んでいるとみると
やわら、腰を上げて乗り込んでくるタイプでした。
面倒な奴でした(笑)

「花」のお話から、すっかり馴染んでいる
自分の姿に置き換え、ひと時、夫を思い出して
やりました。。。

2015/06/07 06:07:49

嗚呼

パトラッシュさん

風香さん、
お馬さんは、去年のことでした。
結局、現れませんでした。
それも含めて、代理人不首尾のジンクスになっているのです。
実は、ちょくちょくあるのです。
打診というものが。
しかし、打診だけで終わってしまうのです。
私のところへ来る花は、どういう訳か、皆咲きません。

2015/06/06 18:19:57

あはは

さん

以前もありましたね。。
あの お馬さんの話しかと思いきや、
別口でしたか^^
何色の花だったのでしょう^^

2015/06/06 16:45:28

世渡り

パトラッシュさん

マリーさん、
F大学の男性連は、皆さん健康です。
仮に、在職中威張っていたとしても、見事に切り替えに、成功した方々です。

そういう意味で、引きこもりの人々は、不器用だったとも言えます。
人生のギアチェンジが、出来なかった。
己のペースに合わせない、他車の方が悪い。
と憤慨し、もう、路上を走ろうとしない、運転手のようなものです。

ガレージにこもって、埃をかぶる車というのも、わびしいものですが・・・

そこへ行くと、女性は巧みです。
世渡りの巧みなこと、到底、男の及ぶところではありません。

2015/06/06 14:13:18

なるほど納得

さん

娘さんに咄嗟にうまいことを言いましたね。

来るかどうかは置いときますけど、在職中に、職場で威張っていた。 威張り散らせる立場に居た。というのがリタイア後に引きこもりになる男性のパターンでしょうか。

私が行っているF大学や、F大学院に来る男性を見ると、おおむね愛想がよく、皆さんと打ち解けています。
役員会議の場では意見がぶつかることもありますが。

他人と円滑に付き合えるからこそこういう団体に所属しようという気になるのでしょうねえ。
よ〜くわかりました。

2015/06/06 13:25:12

作戦さまざま

パトラッシュさん

SOYOKAZEさん、
それもそうですね。
そんな親孝行な娘が、今時居るとも思えません。
次に会った時は、別の「殺し文句を」を考えましょう。
「あなた自身のためです。囲碁は、その知性を磨き、人間を内面から、美しくします」
とかなんとか言って・・・(笑)

2015/06/06 12:28:22

花も

さん

パトラッシュ師匠 こんにちは。

さて、花は来るでしょうか?

自ら習って、鬱陶しい父親のご機嫌取りしながら、聞きたくもないうんちくを拝聴する。
まず、娘なら無理ですね。

しかし、世の中には万が一ということもあります。
「ここでおうたが百年目」と、すかさず、布石を打つところは、さすが碁兵衛さんじゃなくて、碁会所のオーナーです。

2015/06/06 12:20:20

至って初心です

パトラッシュさん

吾喰楽さん、
棘は、見えないところにある。
美しいバラには、要注意ですね。

年齢は関係ありません。
私は、その道にかけては、吾喰楽さんの後輩です。(笑)

2015/06/06 12:19:59

千里眼

パトラッシュさん

喜美さん、
よくお見通しで・・・

2015/06/06 12:14:58

千切ろうにも

パトラッシュさん

プラチナさん、
非力な私では、手に余ります。

2015/06/06 12:13:42

幇間みたいなものでして

パトラッシュさん

ばばたまさん、
恐れ入ります。
人を笑わせる。
そのためなら、この私が、率先して踊りでも歌でも、やってしまいます。
適当なお座敷がありましたら、どうぞお声をおかけください。

2015/06/06 12:11:38

いえいえ

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
私にも、怒りはあります。
あるどころか、日々これ悲憤慷慨ばかり。
しかし、それらをあからさまに表出すれば、周辺の者が、
飛び散った汚水を避けそこねるように、迷惑するだけです。
もう、私の元へ、近付かなくなる人も、出るでしょう。
そこで、同じく散水するにしても、一旦私の中で濾過をして、
飲めはしないまでも、触れても差支えない程度にまで、水質を浄化し、
しかる後に放出したいと思っております。

濾過のし過ぎで、残滓が体内にたまり、自家中毒を起こすかも知れませんが、
それはそれで、仕方のないこと。
今のところ、健康です。
時たま、大酒を飲むのが、効いているのかもしれません。
大雨が、ダム底の堆積物を、洗い流してくれるようにです。(笑)

2015/06/06 12:04:34

バラ

吾喰楽さん

こんにちは。

美しい花には、トゲがあります。
人生の先輩に云うのも野暮ですが、油断大敵ですぞ。
お気を付けください。(笑)

2015/06/06 11:55:23

うふふ

喜美さん

楽しみね でも会員見てやめるわ

2015/06/06 10:37:03

花に見とれて

プラチナさん

綺麗な花にも葉があり茎があり根があることを、花を千切らぬように…。

2015/06/06 10:28:03

最高の読み物です

さん

情景が浮かんできます。
笑い声も漏れます。いいですねぇ〜。
楽しいブログです。

2015/06/06 10:15:15

とても面白かったです!

シシーマニアさん

師匠の日常は、狐狸庵先生を彷彿とさせますね。
シニアは、こうして力を抜いてこそ、ですよね。
いまだに社会に対して怒りがある自分を、反省しました。

2015/06/06 10:11:51

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