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パトラッシュが駆ける!

うれぴー先生 

2015年02月18日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

歩いて一分のところに、児童館がある。
毎週木曜日の午後、そこへ出かけて行く。
毎回、少し遅刻をする。
近いからだ。
何時も油断して、家を出るのが遅れる。
結局、駆けて行くことになる。

館内放送が始まっている。
「これから『囲碁将棋天国』を始めます。希望者は、
一階ホールに集まって下さい」
児童が次々に、階段から降りて来る。
我先にと、駆け降りて来る。

この国において、少子化問題が、懸念されて久しい。
やがて、老人ばかりになってしまったら、この国はどうなるのだろう。
その心配が、児童館に来ると薄れる。
子供はたくさん居る。
うんざりするほどに居る。
日本の将来は、まだまだ捨てたものではないと、
私はここに来る度に、意を強くする。

私はかつて、リタイアしたら、静かな山郷に、
移り住みたいと思っていた。
そのために下調べをし、具体的検討もしたのだが、
結局、踏ん切りがつかなかった。
今となっては、都会暮らしの方がいい。
ここには、若者がいる。
子供がたくさん居る。
人間、何が幸いするか、わからない。
あの時の優柔不断が、結果としてよかったことになる。

「せんせーやろー」
集会室に入るや、たちまち、児童らに囲まれる。
私は、指導者として来ているのだから、「やろー」はない。
「教えて下さい」が筋なのだが、それを言っても無駄だ。
彼らは、囲碁将棋を、単なる遊び、退屈しのぎと心得ている。
先生とは名ばかり、遊び相手をしてくれる、ヒマなおじさんだと思っている。

生徒が大勢居て、その名を覚えきれない。
「えーと・・・○○さんだっけ・・・」
その手にしているカードを見ては、名前を確かめる。
若い頃、取引先の電話番号など、十数社を全て、諳んじていたものだ。
歳は取りたくない。
記憶力がもう、情けないことになっている。

それでも、自然に覚えてしまう名がある。
今流行の、きらきらネームだ。
日本人の名として、いかがなものか。
漢字の使い方としても、邪道だ。
と思っていたけれど、人に印象付けるということでは、
効果もあるということだ。
もっとも、全部が全部、きらきらになってしまえば、
今度は逆に、それが平凡になるだろう。

囲碁には女子が多い。
一方で、将棋は男子だ。
この現象は多分、感性の違いから、来ていると思われる。

私は囲碁を受け持っている。
だから、周囲をぐるりと、女子に囲まれる。
悪い気はしない。
しかし、格別良い気もしない。
彼女らはすべて、小学校低学年の児童である。

九路盤と言う、小さな碁盤を用い、一遍に三人を相手にする。
これを三面打ちという。
相手は三人、こちらは一人。
大変に忙しい。
もたもたしていると、すぐに催促の声がかかる。
「せんせー、早くしてー」
「はいよ、はいはい」
追いまくられている。

「せんせー、耳の中に、ごみがあるよー」
テーブルを取り巻き、見物している生徒の、一人が言う。
油断も隙もない。
碁盤を見ればいいのに、私の耳の中を覗き込んている。

「後で取るよー」
ゴミなんか、あるわけがない。
ホクロか何かの、見間違いであろう。

「烏合の衆」と言う言葉がある。
ここは、烏合の少女達だ。
それが十人も居て、口々に喋る。
私はとても、大変なことになっている。

 * * *

私は長く、商人として、生きて来た。
金儲けに明け暮れた、人生であった。
囲碁は、その中に見出した、ささやかな道楽であった。

その道楽の噂が、世間に洩れていたと見える。
ある時、人に頼まれ、囲碁を教えるようになった。
それを聞いたのであろう、近くの小学校から、招聘を受けた。
クラブ活動に来て、生徒に教えてやってほしいと。
ここ児童館からも、同じ依頼を受けた。
そこから私の人生が、急転回したと言っていい。

人間の運命はわからない。
山郷への隠遁願望は消え、逆に、人と濃密に関わる余生になった。
やがて店を閉じ、その跡を、囲碁サロンにしてしまった。
乗りかかった舟だ。
行き着く先はわからないが、こうなったら、この流れに、身を任せるよりない。
そう思って、毎日碁石を握っている。

 * * *

街中で、生徒らに会う。
「やあ」と手を上げる。
相変わらず、名前が出ない。
しかし、向こうもすぐに、気付くから「やあ」で事足りている。

「あ、うれぴー先生だ」
彼女らもまた、私の本名を知らないのであろう。
私を、あだ名で呼ぶ。
私が普段、盤上の石を取る時に、おどけて「ああ、うれぴー」と言っていたからだ。
何時の間にか、それが、私のあだ名になってしまった。
想定外であった。
こんなことなら、もっと気の利いた感嘆詞を、叫ぶのであった。

生徒らも、この町の住人だ。
何時何処で会うか、わかったものではない。
私は身なりに気を付け、歩き方にも、気を配るようになった。
先生が、悄然と俯いていてはいけない。

飲んで帰る時が、さらに要注意だ。
さぞ、赤い顔をしているであろう。
こんな時に限って、声がかかる。
子供は目がいい。
そして、声が大きい。
そして、空気を読むなんてことをしない。

「あ、うれぴー先生だ」
周囲の人が、一斉に私を見る。
気まり悪いったらない。
私の顔は、さらに赤くならざるを得ない。



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結果よければ・・・

パトラッシュさん

プラチナさん、
即断即決←→優柔不断
どちらが良いか、わかりません。
その時々で、考えるより、ないようです。

2015/02/20 12:05:13

優柔不断

プラチナさん

好きな言葉です。浮世は何が功を奏するか分かりませんね。

2015/02/19 23:01:27

幼女とはいえ、姦しく

パトラッシュさん

風香さん、
大変なんですから、もう・・・
耳の穴まで覗かれ・・・

鼻毛なんか伸ばしていた日には、何と言われるか。

2015/02/18 16:48:37

うれぴくない

パトラッシュさん

SOYOKAZEさん、
幼児相手だから、うれぴーですよ。
大人には、致しませんって。

2015/02/18 16:45:36

たのしそう^^

さん

なんだ かんだと仰りながら
けっこう楽しんでいるようですね。
子供と言え、女性はあなどれませぬね^^

2015/02/18 16:30:13

そんなこと仰らず

さん

>「師匠」も「うれぴー」も、うれしくないのですがね。
    ↑
そんなこと仰らず「うれぴー」と微笑んで下さいな。
だって、宿題も出せるでしょう?(笑)

2015/02/18 14:14:06

くすぐったいから

パトラッシュさん

Reiさんまで、
止めて下さいよ、もう。

また宿題を出しちまおうかな・・・
小噺・・・課題は「雪女」

2015/02/18 12:24:11

開き直り

パトラッシュさん

ばばたまさん、
私のブログは、(と限らず、書くものすべてが)長くなってしまいます。
性分ですから、仕方ありません。
長いのがお嫌いな方には、読んでいただけなくても・・・と、開き直っております。

2015/02/18 12:19:24

気構え

パトラッシュさん

喜美さん、
喜美さんほど、美しくお歳を取られた方は、珍しいですよ。
服装も、きちんとしていらして・・・

私は普段は、ひどい恰好をしていますから、
一歩外に出る時は、着替えをし、気構えて出なければなりません。

2015/02/18 12:16:11

見学歓迎

パトラッシュさん

彩々さん、
中央線で、お通りになることがありましたら、
西荻窪で途中下車し、是非お立ち寄り下さい。

木曜日なら、児童館へ。
水曜日なら、小学校へ。
ご案内します。
なに、碁を知っているふりをし、見学するだけでもOKですから。

2015/02/18 12:12:21

呼び名

パトラッシュさん

SOYOKAZEさん、
「師匠」も「うれぴー」も、うれしくないのですがね。
「ぱーさん」くらいが、ちょうどいい。
私、ぱーですから。(笑)

2015/02/18 12:09:11

師匠、改め…

Reiさん

うれぴー先生と呼んでもいいですか??

あ、後ろから兄さんや姉さんたちにどつかれてしまいました(≧∇≦)
10年早い…ではなく、50年遅いですね!

師匠はいつも自分の後ろ姿で、というか文章で、お手本を示してくださっているんですね。
ありがたや…
ちっとも上達しない弟子ですみません。
頑張ります。うれぴー先生!

2015/02/18 11:18:35

ごめんなさい

喜美さん

またまたPC変でした 
一番感心して真似たい事は
身なりに気をつけ歩き方も気を使う
この言葉 私この頃寒いから雨だからと外出も少なくなりましたけれど家で一人ですと全く気を使わず 益々婆さんです何方か見えると弁解しながら
馬鹿ですよね始めから師匠のようにするべきでした

2015/02/18 10:50:03

soyoさんおっしゃるとおり

さん

どなたかが長いブログは・・・とありましたが。
長くてもスラスラと読めて分かりやすく関連性があって、最後にじわぁ〜っと心に響くそんなブログが理想ですね。

2015/02/18 10:43:25

良い仕事

喜美さん

楽に読めて楽しいですね 笑いました
無邪気な子供相手の仕事良いですね

2015/02/18 10:41:00

うれぴー先生、万歳!

彩々さん

ああ、面白かった!
ほのぼのとした気分で、笑いが止まりません。

おはようございます。

『囲碁将棋天国』私も、その『天国』とやら
を見学してみたくなりました。
歳を重ね、顔の面も、度胸も人一倍強くなった
気がします。
これからは、何処の天国に行くのも自由な
気がしてきました。

2015/02/18 09:54:07

ただ感嘆!

さん

師匠の文章は、なんと読み易く面白いのでしょう!
ワンセンテンスの短さに、驚かされます。
それなのに、箇条書きにならず、ちゃんと起伏があって、テンポよい。
楽しく散歩している気分です。

ただただ、感心して、学ぶ気満々で読んでいると、思わず吹き出してしまいます。

こんな素晴らしい方が「うれぴー」ですか?
どうしましょう!今度お会いしたら、困って目をあらぬ方に向けてしまいそうです。(笑)

2015/02/18 09:51:34

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