自転車で物語散歩

「漱石 マドンナの坂」シリーズ(6) -『こころ』 11- 

2011年12月14日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

前回、一人さびしく下宿に残った"私(先生)"は、雨があがったのをもっけの幸いとばかり、「私はふと賑やかな所へ行きたくなった」のである。その足跡をおってみよう。蛇目を肩にかついで"私(先生)"は、「砲兵工廠の裏手の土塀について東へ坂を下りました」とある。砲兵工廠は、下宿探しのときにもふれたが、水戸藩上屋敷跡で西富坂の南にある。"私(先生)"は工廠の土塀に沿って東に下りた、ということは西富坂を東(本郷方面)へ向ったのだ。そのまま、まっすぐに進むと東富坂を上って繁華な本郷四丁目に出る、つまりは帰ってきたばかりの大学に戻ることになってしまう。また、手頃な賑やかな所といえば、西富坂を南に曲り、水道橋から神田か神楽坂をめざすという道もある。が、それはちょっと遠い。そこで、"私(先生)"は、賑やかな所はあきらめて坂下を北に行った。なんのことはない、千川通りに入って蒟蒻閻魔前の方へと歩みだした。ところが、雨上がりだ、その道の悪いこと、下のようなあんばいだ。「その上あの谷へ下りると、南が高い建物で塞がっているのと、放水がよくないのとで、往来はどろどろでした。ことに細い石橋を渡って柳町の通りへ出る間が非道かったのです。足駄でも長靴でもむやみに歩く訳にはゆきません。誰でも路の真中に自然と細長く泥が掻き分けられた所を、後生大事に辿って行かなければならないのです。その幅は僅か一、二尺しかないのですから、手もなく往来に敷いてある帯の上を踏んで向うへ越すのと同じ事です」夜に雪が降った翌朝、人が歩いた一筋の道ができていることがある。雪に踏み込みたくないから、次の人もその足あとを踏んでいく。そして、狭いながらも道ができる。が、"私(先生)"の場合はどうか。雪なんて情緒のあるものではなく泥だ。「往来はどろどろ」だったのである。また、「ことに細い石橋を渡って柳町の通りへ出る間が非道かった」という。元々は、千川(小石川)が流れていた場所だ、水はけのよいはずがない。さらに、「細い石橋」を渡ったと漱石先生は言う。千川がいつごろ、埋め立てられたのかそれとも暗渠化したのか、そのへんは調べていない。が、『こころ』が書かれたころには、まだ橋がところどころに残ったいたのであろう。そこで、「ことに細い石橋を渡って柳町・・・」の細い石橋の名前を探ってみたい。往時、千川には下流(後楽園:水戸藩上屋敷)から、仙台橋、富坂橋、丸太橋、嫁入橋、裏柳橋、千川橋・・・と、橋が続いていた。そして、蒟蒻閻魔近くには丸太橋、嫁入橋、裏柳橋がある。物語での橋は、小石川柳町(現:小石川一丁目あたり)に出るところとあるか、それは裏柳橋なのかなとおもう。しかし、ここで、"私(先生)"とKくんが大学へ通う道を考えてみたい。前回も少しはふれたが、筆者は、二人は下宿→蒟蒻閻魔→菊坂→大学、というコースを辿ったと推測している。とすれば、二入は嫁入橋を必ず渡らなくてはならなかった。ゆえに、「細い石橋」の候補は、嫁入橋が七割、裏柳橋が三割ほどの確率ではないかとおもわれるのだ。丸太橋も考えうるが、柳町へわたるには下流より過ぎる。まあ、どんな橋かはさておき、「賑やかな所」へ出かけようとした"私(先生)"は、なぜか、それとは反対に場違いな方に向かってしまった。そして、その先で待っていたのがこんな出会い。「私は不意に自分の前が塞がったので偶然眼を上げた時、始めてそこに立っているKを認めたのです」「するとKのすぐ後ろに一人の若い女が立っているのが見えました。近眼の私には、今までそれがよく分らなかったのですが、Kをやり越した後で、その女の顔を見ると、それが宅のお嬢さんだったので、私は少なからず驚きました」「次の瞬間に、どっちか路を譲らなければならないのだという事に気が付きました。私は思い切ってどろどろの中へ片足踏ん込みました。そうして比較的通りやすい所を空けて、お嬢さんを渡してやりました」この蒟蒻閻魔前での出会いの後、物語はまさに、どろどろとした世界へと進展していく。それをおもうと、雨上がりの泥道での三者対面は、のちの展開を暗示する場面ではある。今、富坂下に立てば、二十五階建ての文京シビックセンター(文京区役所)の華麗なビル、東京ドームのつるんとした屋根、はたまた地下鉄後楽園駅前の雑踏、などなど、『こころ』に描かれた泥道はまったく想像ができない。【漱石・マドンナの坂地図】に「仙台橋」 「丸太橋」「嫁入橋」「裏柳橋」を追加。■本日もお立ち寄りありがとうございます。※次回は、『こころ』の最終として、まとめの予定です。

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