読書日記

『自分がおじいさんになるということ』 読書日記360 

2024年04月18日 ナビトモブログ記事
テーマ:読書日記


勢古浩爾『自分がおじいさんになるということ』草思社文庫

著者の名前はなんとなく知ってはいたのだが主著は小説では無いこと、は知らなかった。それでは何者かと言うと、どうやらエッセイストに分類されるらしい。いずれにしろ、著者の本は初めて読むことになる。市井の人間が生きていくなかで本当に意味のある言葉、心の芯に響く言葉を思考し、静かに表現しつづけている。ということらしい。書店で題名だけ見て購入。

amazonの内容紹介では
いまこの歳になって、わたしは「ただ生きているだけで楽しいんだよ」という感覚を、
ほんとうに手にいれたのではないかと思ったのである。
これは老人にとって、無敵の感覚ではないか。
いまでは晴れても雨が降っても楽しい。
道端の花の写真を撮ることも、川の流れを見ることも楽しい。
歩くことも、自転車に乗ることも楽しいのである。
わたしは、だれ憚ることなく、この「生きているだけで楽しい」という感覚をもって生きていけばいい。
(「まえがき」より抜粋)

74歳、いよいよ老後も佳境に突入。押しも押されもせぬ老人になった著者が、
お金も健康も心もとないながらも、思いのほか愉しい「老いのリアルな日々」をつぶさに綴る。
累計15万部突破、人気の『定年後のリアル』シリーズ、待望の最新刊! 共感の声続々。読めば老後の不安がスーッと消えていく。

読んで見ると、見事に年寄りのエッセイである。厳密に言えば私より4歳年上の人なのでまったくの同年代とは言えないもののけれどもほぼ同時代人であることに間違いは無く本書中に名前の上がる人の多くは名前を知っている。

例えば写真家長倉洋海ま紹介して居るマスードという人物。ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻に対してアフガニスタンの自由と独立を求めた反ソゲリラの司令官である。あるいは著者が愛読するのはロバート・B・パーカーの「スペンサー」シリーズとか。

同感できることもあるが、出来ないこともある。後者の例としては「いまや作家も主人公もみんな年寄りばかり」という言葉。確かにそう思える部分もあるけれど、私的には「作家はみな故人ばかり」である。そしていまや(私よりも実年齢が)若い作家のものを読むことが多いのであるが、著者は少なくとも作家については新しい人を開拓しているのだろうかと思える。

どうやら著者は長年のファンであるらしいけれど「中島みゆきは日本歌謡界史上、最高の女性歌手である。」と書くのには同意できない。と言うより、「それがどうした(本に書くことなのか)?」で済ませたい。
(2024年3月27日読了)



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