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ニャンコ座リポート

男親の手紙 (2/16) 

2024年02月16日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

 またまた、がっつり冬景色に逆戻りの朝は、体調悪くて辛いです。暗いうちにトラクターが来てくれました。わかりにくいですが、まだイルミついていました(6時ちょっと過ぎ)。すごいお宝を発見しました。いっちゃんのお父さんと妹の手紙、昭和51年(1976年)春の手紙です。 その年は教員の就職が厳しくて、いっちゃんも4月1日付けで採用されず、1ヶ月遅れで遠い遠い最果ての(と感じた)道東の中学校の、免許外の障害児学級(当時はそう言いました)の話が来ました。お義母さんは初め反対したそうですが、これを断ったらもう採用されない、少しの間がまんしなさいとなだめられて、泣く泣く息子を送り出したそうです。 いや、泣いていたのは私もです。携帯電話など想像もできない時代、貧乏学生には遊びに行く手段もない、世間様の常識も今とは想像できないほどの時代でした。私を大学に通わせてくれていた母の必死さを思えば、大学辞めて付いていくなどできるわけはありませんでした。 いや、それは良い。結果、私たちは祝福されて結婚できたのですから。 その、お父さんの手紙です。あの朝、お父さんの運転する軽トラに荷物を積んで、中標津に出発しました。4月も下旬だったのに、雪が舞っていて、私の心には「名残雪」が鳴っていました。送り届けて、少し経った頃と思われます。抜粋して紹介します。 拝啓、其の後元気かい。昨夜電話したら留守だった。俺も母さんの風邪をうつされて苦しんで居る。帰りに和琴半島に寄り、御土産を買って買って1時間位休んで出発したが・・・(中略)・・・お前も筆不精だが、そちらの様子を知らせてくれれば我々も安心するから、なるべく出してくれ。転出証明書を送るから、手続を取るように。でわ、身体に気を付けて頑張ってくれ。尚〇〇(お義兄さん)の処にわ、お前の事を知らせて有る。          さようなら あ〜、男親の手紙だなぁと、しみじみ思いました。いっちゃんが、お父さんに手紙を書いたかどうかわかりませんが、いっちゃんはとても嬉しかったでしょう。 一緒に封筒に入っていた、妹さんの手紙には、お父さん・お母さん・ミモ(犬)が元気な事。おやつが減らなくなったこと、朝、兄であるいっちゃんを起こさなくて良いのが寂しいこと、自分がミモに水をやって、ちゃんと鍵かけて学校に(確か妹はその時まだ高校生)走って向かうこと、等が書かれてありました。本日のネリ心の短歌なんだかなこれが息子か本性か  遺伝子のせい私のせいかいやまてよメイド喫茶でおどる馬鹿  はじめて見たよアホな息子を タイ子ちゃん、良かったなぁ。ウワ〜オワオワオッ ヤ〜〜〜〜ッ!

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