読書日記

『ウルトラ・ダラー』 <旧>読書日記1511 

2023年11月11日 ナビトモブログ記事
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手嶋龍一『ウルトラ・ダラー』新潮社(図書館)

著者はジャーナリスト・作家という肩書きを持ち、自称「外交ジャーナリスト」である。その著書の多くは外交やインテリジェンスに傾き、その洞察力と分析力とは元外交官の佐藤優氏をして一流のインテリジェンサーであると称賛され、2人の共著も多い。肩書きが作家でもあるのはインテリジェンス小説を何冊か書いているからでもある。

本書は著者のインテリジェンス小説の嚆矢。この小説の系列は『スギハラ・サバイバル』『中洲のカッコウ』と続くのであるが、私は偶然ながら新しい物から古いものへと遡る逆順で読むことになった。で、3篇に共通して登場するのがイギリス人のスティーブン・ブラッドレー。かれは『鳴かずのカッコウ』では脇役であるが本作と次作の『スギハラ・サバイバル』では主人公である。

題名のウルトラダラーとは超精巧偽百ドル札につけられた異名。これが発見される前にスーパーダラーと名付けられた偽百ドルが現れ、アメリカがお札の仕様を変えることになったが、それを上回る出来の精巧な偽札が登場する。札に印刷されているナンバー以外には偽とは断定できないほどの出来。本作では北朝鮮製とされるこの偽札を巡るあれこれ・・ドル紙幣の紙の話や米国のシークレットサービスや日本の対応、北朝鮮寄りの政策を主張する官僚など、世の中の裏側(?)を語る著者。インテリジェンス面についての著者の知見は素晴らしいものがあり、佐藤優氏の解説でもこの点についてはベタ褒めである。

私自身は図書館から借りて来たその日のうちにこの本を読了するほど夢中になったが、小説としては残念な所があった。それは、エピロークと題された末尾の30ページ余り。この部分ですべてが台無しになったと言えるほど残念な出来だ。なにしろ、突然の銃撃戦が描かれるのであるから・・初めて書く小説で活劇的な部分が必要だと著者は考えたのであろうが・・知的な主人公のスティーブンが突如ジェームス・ボンドに変身してしまう。しかも、伏線の回収は為されぬままの中途半端な終わり方。

この点についての批判がこの後の小説には活かされている様だし、少しずつ小説らしくなっている様に思える。とは言え、出てくる女性がほぼワンパターンである様にも見えるし、人物を形容するのにブランド名を出すなど叙述がスノッビッシュであることも変わらない。3つの作品毎に少しずつ小説として進歩はしているようだが、逆順に読んだ私にはこの終わり方はひどいショックであった。

反面を考えて見れば、この小説が最悪であとは少しずつ小説らしくなっているとも言えそうである。つまり『鳴かずのカッコウ』に続く本がでれば小説としてよりこなれているのではないか、と期待できる。
(2021年5月23日読了)



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