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読書日記
『光炎の人 下』 読書日記178
2023年04月03日
テーマ:読書日記
木内昇『光炎の人 下』角川文庫(図書館)
昨日の日記に続いて下巻に移る。やはり裏表紙の内容紹介によると
大阪の工場で技術開発にすべてを捧げた郷司音三郎。これからの世に必要なものは無線機と考え、会社に開発を懇願するが、あと一歩で製品化というところで頓挫してしまう。新たな環境を求め、学歴を詐称して東京の軍の機関に潜り込んだ音三郎だったが、そこで待っていたのは日進月歩の技術革新と、努力だけでは届かない己の無力な姿だった…。戦争の足音が近づく中、満州に渡り軍のために無線開発を進める音三郎の運命は?
小学校もろくに出ていない音三郎が「大卒」を偽れるかどうか、正直に言えば怪しいものだと思うのであるが、一応独学で得た知識でもって技師としては通用する様だ。そしてあくまでも新製品の開発によって名をあげたい音三郎は、上巻でもそれとなく示されていた「薄情さ」や周囲への「無関心さ」が次第に表に現れてきて、新製品の為なら何でもする(あるいは製品開発以外には何もしない)音三郎。やがては無線通信は戦場の方がより役立つという理由で、戦争の肯定へと繋がり、やがて音三郎はは世界史的な事件(*)に巻き込まれていく。
アインシュタインは自分の研究が原子爆弾の開発に繋がったということを生涯後悔していたと言われるが、残念なことに音三郎にはそのような倫理観はまったく見られない。物語の初めでは好感を持てた主人公は終盤に近づくにつれて、次第に嫌な奴になり、結局は新製品はものにならず音三郎は死ぬことになる。
上巻と下巻との変化は大きく、実はこの本は希望に満ちあふれた男の悲劇であった。もっとも、著者の巧みな描写の中でこの変化は自然に表され、気が付くと音三郎の性格が変化したのでは無く、元からのものが強くなっていった様に読める。
さて、この本は2016年に出版されたものであるが、世の中が新しい技術の開発に追われ激しい競争の中にある、という意味ではこの小説の時代と現代とは並行している。当時、一般的では無かった電気や無線をAIや量子計算機に置き換えてみればそっくりでもある。ある程度、著者はそれを意識しつつ書いていたのではないかとも思われるが・・本書の時代が第二次大戦に繋がったように、現代は新たな世界戦争への道を進みつつあるのかも知れない。
(*)日本史の教科書では「満州某重大事件」と書かれるが、世界史の教科書ではもっと端的に「張作霖爆殺事件」と表される事件である。
(2023年3月23日読了)
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