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パトラッシュが駆ける!

続・鈴は鳴る鳴る旅路は遠い 

2010年05月21日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



「日曜はだめよ」に決めていた。
何処へ行ったって、人が多い。
平日に休める者が、何も好き好んで、混雑する日に、
出かけることはないじゃないかと、長年に渡り思っていた。
商売の道に入ってからだから、それこそ、人生の大半をである。


無論例外はある。
冠婚葬祭。
それから、友達と一緒の旅行など。
つまり、付き合いによるものだから、これらは仕方ない。


その私が、義理もないのに、日曜日に旅に出ることになった。
これ、異例である。
向かうは中山道。
この旅が、先月から中断していて、私は少しやきもきしていた。
出発したいのに、天気予報が私にイケズをする。
いや、好天も晴天も、ないわけではなかったのだが、
それが平日において、三日と続かないのだ。


次の旅では、難所を二つ越えねばならない。
碓氷峠と和田峠だ。
こちらの横川から、あちらの下諏訪まで、たっぷり三日はかかる。
六月にずれ込むと、梅雨の季節に入り、さらに日程が組み難くなる。


「えーい、行っちまおう」
土曜の夕方に決意し、バタバタと、リュックに下着や洗面用具を詰め込んだ。
一人旅のよいところは、即断即決、自分さえ決めれば、それで済むのである。
妻にはもちろん告げる。
「行くことに決めた」
これだけだ。


許諾を求めるわけではない。
威張っているわけでもない。
この自由を得るために、私だって長年働いて、努力したのである。


5月16日、私は早朝4時に起きて、身支度を整え、
足取りも軽く家を出た。


 * * *


そして5月18日夕刻、駅からの道を、今度は、
足を引き摺るようにして帰宅した。
無理もない。
三日間、歩きに歩いたから、足の踏ん張りが、もう利かない。


自分でも不思議なのだが、歩き続けていると、
足が機械のようになってしまい、

遂には、永遠に動いていられるような気になる。
これを「憑かれたように」と言うのだろう。
オレには、こんなに力があるのか・・・
えらいもんだと、思わないでもない。


しかしながら、当然、身体に良いことではない。
先ず、日焼けする。
そして、体内の水分が、すっかり抜けてしまう。
ろくに小便も出ない。
倒れるのは、きっとこんな時なのだろうと想像しつつ、
しかし、オレにはまだまだ、余力があるさと、妙に自信を持っても居る。


「すごーい焼けてる。どす黒いじゃない」
帰ったら、妻が私の顔を見るなり言った。
委細構わず、風呂場に急ぎ、汗みずくの衣類を脱ぎ捨て、
シャワーを浴びた。
やっと人心地がついた。
ビールを飲んで、さらに落ち着いた。


「予定通り歩けたの?」
「うん」
「熊には遭わなかった?」
「ああ」
「鈴はよく鳴りましたか?」
「うん」
妻がしきりに話しかけるけれど、実を言えば、一々答えるのが億劫だ。
口はこの際、ビールを注入するのと、ため息を吐くために、
あるようなものだから、どうしたって生返事になる。


本当このことを言えば、鈴はとても良い音を立てた。
チリーン・・・
澄んだ響きが、遠くまで達するからだろう、先行者が必ず、
振り返ったくらいだ。


話したいことは、山ほどある。
旅路で見たもの。
出会った人々のこと。
親切にしてくれた、宿のこと。
二つの峠からの、素晴らしい眺めなど。


しかしながら、とても簡単には語れない。
皇女和宮も、水戸の天狗党一千人も、私と同じ景色を見たはずだ。
彼らの心中を忖度するだけでも、これから長い時間がかかるだろう。


「ひでえ人出だったよ」
碓氷峠から下った、軽井沢の町の混雑を語った。
これなら簡単だ。
「まるで新宿の歩行者天国みたいだ。日曜なんかに行くもんじゃない」
三日間の旅路で唯一、そこだけが、極めて現実的な光景であった。


 * * *


「もう寝たら」
妻の声で、我に返った。
私は飲み終わり、食べ終わり、リビングのイスで、つい、
うとうとしていたらしい。


私は、昨夜泊った、宿での出来事を思い出していた。
それは、長久保宿に一軒だけある、古い旅館でのことだった。


「もうお休みになりましたか」
何処かで、女性の声がしたと思った。
二度聞いて、ようやく目が覚めた。
障子を開け放した、部屋の入口に、宿の女将さんが立っている。
何時の間にか、日が暮れて、部屋は真っ暗になっている。
私はビールを飲み終わり、敷いてあった布団に、
潜り込んだまでは覚えているが、
どうやら、そのまま眠ってしまったらしい。


「シチューならありますけど」
「ありがたい。それにおにぎりでもあれば、もう十分です」
実を言えば、本日休業の宿に、私は頼み込んで泊めてもらったのである。
夕飯はご用意出来ませんけど、それでよろしければ、と言う約束であった。
何しろ、一軒しかないその宿に断わられたら、
私は陸の孤島のようなところで、進退窮まってしまう。


夕飯なら、そこらに食べに出るつもりで居たのだが、見回しても、
ろくに店がない。
コンビニさえもない、田舎町なのである。
一風呂浴びて、ビールを飲めただけで、幸せと言うものだ。
私はもう、欲もトクもなくなり、夕飯なんか、どうでもよくなっていた。


女将さんきっと、疲れ果てた旅人を見かねたのであろう。
家族の夕飯の残り物ですが、どうぞと言ってくれた。
クリームシチューとブロッコリーの茹でたのと、あとはご飯が一膳。
「粗食ですが」
女将さんは謙遜し、実際にその通りではあるのだけれど、
私には、大変なご馳走と言うよりない。


翌朝、出発に際して、また驚かされた。
勘定書きに、その夕飯の分が、書かれていないのである。
「いいんです。あれはほんの、残りものですから」
女将さん、どうしても、金を受け取ろうとはしない。
私は、心を込めて礼を言うよりなかった。


前回の旅でも、松井田宿において、同じようなことがあった。
「お休み処」の女将さんが、望外のサービスをしてくれたのである。
もしかすると私は、女将さんにモテるタイプの男なのか・・・
なんてことはない。
単に、哀れな旅人に見えるだけだろう。


松井田宿での出来事は、短文にまとめ、朝日新聞に投稿したところ、
幸運にも掲載された。
そこへまたしても、この話である。
美談というほどのことではない。
旅人の感傷に過ぎない。
しかし、誰かに語らずには、居られない。
しかし新聞だって、そう度々は載せてくれないだろう。


「そうだ、礼状を書こう」
私は寝床に入りながら、思い付いた。
明日は、三日間家を空けた翌日であり、雑用が溜まっている。
これでも、現役商人だ。
忙しい一日になるだろう。
しかしながら、どれもこれも後回しにして、先ず手紙を書いてしまおう。
きっと書こう・・・
そう心に期しつつ、私は目をつぶった。

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