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ニャンコ座リポート
昨日の続き (8/13)
2021年08月13日
テーマ:テーマ無し
新型コロナウィルスの猛威に対し、私の価値観でやれる努力をし、みんなが早く自由な日々に戻れるよう、願っています。この文章を書かなくて良い日が来るのを待っています。
調子悪くて辛いです。朝起きて動こうとすると、腰がフラフラして定まらず、動き回るのがしんどい。グルタチオンに連れて行ってもらおうと思ったけれど、病院はお盆休みのようです。
昨日の進化系人類の件、書ききったつもりだったのですが、その後も想いが次々と溢れて来るので、もう少し付き合ってください。
息子のネットチャンネルで、息子と盟友と言えるMu君とMa君の3人(俳優もやるけれど、劇作家であり演出家だった)による「時事放談」を見ました。たいそうおもしろかったです。2人とも今は、別の道を歩いています。余談ですが、Ma君はニャンコ座にきて、泊って行ったこともあります。
「マクラ」の批評などもしてくれて、なるほどなぁ、さすがだなぁと感心して聴かせてもらいました。前後を省くので、皆さんには何のことやらわからないでしょうが、息子を一人にさせちゃって・・・的なニュアンスの発言がありました。私が今回の公演で感じた、プロのしっかりした仕事という感想は、ひっくり返せば、ちゃんとし過ぎていて、何となく物足りないだったかもしれません。以前の無鉄砲な、粗削りな、突っ込みどころ満載な公演ではなくなっていたのです。続けているのは息子だけ、が、一人にさせてと言うことか。むろん同年代も年上も参加してくれていますが、参加者と息子の年齢の相関関係が、単に息子に権威が付いたか。盟友がそれぞれの道を歩き始めた中で、演劇をやり続ける道を選んだ息子は、とことんそのまま歩いてほしい。きっと一生貧乏だろうし、責任取れないけど。
私の中では、進化系人類である息子のことなので続きなのですが、「愛着」と「恩義」方向へ話を持って行きます。
私の失敗を書きましたが、宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と、井上陽水の「傘が無い」を考えていました。誰かに親切にするのは、自分が良い気になりたいから?いやいや、それは言い過ぎだけれど、大切な人が不幸(賢治さんに倣ってそう書きますが、困っている状態)なのを知ってしまったら、自分も穏やかではいられない、何とか助けたい。そうして安心したい。じゃあ自分のため?自分さえ良ければ良い、不幸は見えなければそれで良い、のかなぁ。
そもそも、不幸かどうかは本人にしかわかんないし、ターシャが幸せは自分か決めるって言ったし、もしかしたら不幸でいる権利があるかもしれないし、65才にもなって、こんなこと書くなんて、恥ずかしいね。
平取町に、睡蓮ありの情報があり、行ってみました。私有地ですが、ありました。勉強した結果によれば、睡蓮ではなく蓮でしょう。盛りが過ぎていたので、来年は7月中に行きたいです。
「すずさん」見ました。日本人として、ある意味義務でしょう。
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