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死を意識する弊害 

2020年01月31日 ナビトモブログ記事
テーマ:死について

この7,8年は癌に立て続けになったこともあり、なにより高齢になったので、明日死んでも大丈夫なようにいつも死を意識して生きてきた。
それはそれで必要だと思うが、弊害もある。

死を意識すると生きていることの喜びが深まると多くの人がいうが、それは一つの側面である。それで失うのは、毎日の平凡な生活の喜びである。
なぜなら、例えば食の喜びのような平凡な喜びは死と天秤にかければ当然死の方が重い。だから、死を前にして食の喜びなんてにふけっていてよいのかということになる。

私のような平凡な人間には、死と天秤が釣り合うような劇的なことはないから、死と比較することによって日常のさまざまなことが「これでよいのか」という気持ちになってしまう。

海岸で子供を見ていて思ったのは、彼らには死の意識がないから、つまらないことを楽しめるということだった。
いつまでも波と追いかけっこをしたり、帰る時には捨ててしまう貝をひろったり、すぐ消える砂の山を作ったり、飽きることがない。

この数日「死ぬことは知っている。しかし、死を忘れて生きている」という私のスローガンの「死を忘れて生きる」ということをいつも思って生きることにした。
すると、平凡な日常でよいのだという気持ちがもてるようになってきた。
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・ジムで筋トレと卓球。



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