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求婚の風景 

2019年12月14日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

娘が男を連れ、家にやって来た。
男はつまり娘の「カレ」であり、
それが「お嬢さんと結婚させて下さい」と言い出した。
これにどう対するか、父親の見識が問われるところだ。
良いも悪いもない、娘が決めた相手を、拒む理由はない。
「至らぬ娘ですが、よろしく」と頭を下げるのが、大方であろう。

しかし世の中には、そこで狼狽えてしまう父も居る。
素直に気持を表せない、依怙地な父も居る。
封建時代でもあるまいに、父が娘の意思を曲げさせることなど出来ない。
それを分かっていて、しかし、その事態を冷静に受け止められない。
難色を示す、あるいは、言を左右にして、逃げまわる。
そんな父親を久しぶりに見た。

実在の人ではない。
ドラマの中の一場面である。
私はテレビドラマは滅多に見ないのだが、ひょんなことから、
NHKの朝ドラだけは見ている。
もう何十年と見ている。
我が家の朝食時間に重なる、それだけの理由である。

今回の「スカーレット」では、
わが国初の女性陶芸家の成長の軌跡が描かれている。
そのヒロインが年頃となり、求愛された。
こんな喜ばしいことはない。
と思うのだが、世の中には様々な人が居る。
ヒロインの父の、その狼狽え振りたるやない。

ドラマだから、ことさら特異に描かれているとは思う。
しかし、それでもなお情けない。
おい、見苦しいぞ……
男ならしっかりしろよ……
私は、テレビの中の、情けない父に向かい、
怒鳴ってやりたくなっている。

これは多分、製作者の思う壺なのであろう。
視聴者をドラマに引きずり込むため、格別の変人を登場させる。
その彼に、ちゃぶ台返しをやらせたりする。
そこが脚本家の、腕の見せ所でもあるのであろう。
私はそれに、まんまと乗せられてしまっている。

 * * *

私には、二人の娘が居て、それぞれに所帯を持っている。
二人とも、自分で相手を見つけ、ある時「会ってほしい」と連れて来た。
「結婚したいと思います」
それぞれに男が言った。
「わかりました」
否(いや)も応もない。
朝ドラのオヤジのような振る舞いをしたら、娘に怒られ、
妻に呆れられ、我が家は大混乱に陥るであろう。
「どうぞよろしくお願いします」と答えるよりない。
そしてまた、娘を盗られて悔しい……なんて気持もない。
やれやれ、これで肩の荷が下りるか……
むしろホッとしたものだ。

さらに遡り、自分の場合を振り返ってみた。
付き合っていた女性と共に、その実家を訪ねた。
義父は一人暮らしであった。
型通りの挨拶をし、型通りの返事を受け取った。
儀式のようなものであり、拍子抜けするほど、あっけなかった。

問題は、その家に乗り込む前にあった。
彼女の父に会ったら、申し出は快諾されるであろう。
という自信はあった。
戸惑いはむしろ、私の中にあった。
会ったが最後、もう後戻りは、出来ないぞ……
これで良いのかお前……
問いかける、もう一人の私が居た。
この先、もっと良い相手に、巡り会わないとも限らない。
ここで人生を決めてしまうのが、にわかに恐ろしくなった。

「先に行っててくれ」
私は彼女を先に実家へと向かわせ、しばらく周辺をうろついていた。
我ながら、優柔不断と言うよりない。
「どうしたのー?」
彼女が戻って来た。
逃げられないな、もう……
私は覚悟を決め、彼女の実家へと向かった。

その結果、今の私がある。
あの時の逡巡と、諦めにも似た決断、
それが良かったのかどうかは、わからない。
振り返れば、大過ない人生を送ることが出来た。
そう言う意味では、良かったということになる。
あの場から、一人逃げ帰っていたら……
その後の人生は、とても想像が出来ない。

 * * *

昔、縁談の世話をしたことがあった。
近くの豆腐店Y屋の娘で、これが評判の働き者であった。
二十代後半。
今はともかく、その頃は「行きそびれ」が懸念される年頃でもあった。
その彼女へ、私のところへ出入りしていた、
証券マンをどうかと打診した。
写真と履歴書を持って来させ、それを手に私が、
豆腐店に乗り込んだ時だ。
彼女の父、源吉とは友人でもある。
その源吉の様子がおかしい。

私の方をまともに見ない。
今年の冬は長い。
桜の開花は遅れる。
災害が起こらねばいいが……
というような話を、あさっての方を向き、
独り言のように喋っている。
「この度はお世話になります」というような、挨拶からしてない。
娘の縁談一つで、こうも人間、我を失うものか……
普段陽気な商店主の、知られざる一面を見て、
驚いた覚えがある。

結局、その縁談はまとまらなかった。
男の方から断わって来た。
その言いぐさがいい。
「趣味が合わない」
茶道、華道など文字通りの趣味ではなく、
感覚的に合わない、という意味であろう。

合わないものは仕方ない。
破談となり終った。
その娘は、数年後に別の男性と結婚した。
かなりの「歳の差婚」であった。
もちろん男がエルダーであった。
二人の間に、どんな出会いと交際があったかは知らない。
しかし、初めて男がY屋を訪れた際の、源吉の様子は想像に難くない。
将来の婿さんの顔もろくに見ず、畳の縁のほつれを、
指でなぞっていたのではあるまいか。

居るのだなぁ……
現実にも、そう言う男が。
私はドラマを見ながら、そんなことを思い出している。



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