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吾喰楽家の食卓

花見(重忠公園・神社・鹿島古墳群) 

2019年04月06日 ナビトモブログ記事
テーマ:生活

今の地に移り住んで30年を超えるが、毎年のように、隣接する深谷市(旧川本町)で花見を楽しんでいる。
昨日は、朝こそ肌寒かったが、地域によっては夏日になる天気予報だった。
朝餉の片付けを済ませてから、家を出た。
目的地は、五ヶ所あった。

先ずは、畠山にある畠山重忠公史跡公園を目指した。
桜は、既に満開だった。
4月14日(日)にある、“重忠まつり”のポスターが貼ってあった。
その日まで、桜が持つか心配だ。

残る四ヶ所の目的地は、本田にあるが、先ずは八幡神社である。
県道81号熊谷寄居線と同69号線深谷嵐山線の交差点の一角だ。
鰻の寝床のような狭い神社だが、参道に咲く桜のピンクと黄色のレンギョウのコラボが気に入っている。
向かいにある、コンビニに車を停め、参拝した。

そして、県道を熊谷方向へ少し走り、春日神社へ寄った。
県道から僅かに入るので、地理に明るくないと分かり難い神社である。
祭には賑わう神社だが、何もない平日の朝なので、誰も居なかった。
神社の賽銭は、信仰心と言うよりは、桜の見物料のつもりだ。

四ヶ所目は、メインの目的地である、鹿島古墳群である。
此処も、ピンクと黄色のコラボが奇麗だが、桜の相手は菜の花だ。
日当たりの違いか、木によって開花具合は異なっていたが、平均すれば五分咲きだろうか。
二メートル近い青大将が歓迎してくれ、思わず声を上げてしまった。

最後の目的地は、江戸時代の和算家である、藤田貞資(ふじた さだすけ)の生家である。
今にも崩れそうな門が残っていたが、幾ら探しても見つからなかった。
跡地と思しき更地があったので、倒壊してしまったのだろうか。
本田村の本田家に生まれたが、養子になり家を出たので、史跡としての価値は低いのだろうが、保存されなかったとしたら、残念としか言いようがない。

車で移動した、二時間足らずの行程だったが、五月のような陽気の中、花見を楽しむことが出来た。
それにしても、藤田貞資の生家は、本当に消滅したのだろうか。
道を間違えたのなら、良いのだが。
近日、再訪して探してみたい。

   *****

写真
4月5日(金)撮影:重忠公園(丸印に墓石)と鹿島古墳群



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