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パトラッシュが駆ける!

蕎麦通志願 

2018年12月08日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

「この町の蕎麦屋を、全部制覇するんだ」
テンジンが言い出した。
彼の名は、矢野典仁。
親が付けた。
立派な名を、付け過ぎた。
これを「すけひと」と読める者が、この世に、
いったい何人いるだろう。
仲間達は、そんな高貴な名を、口にするさえ憚られ、
専ら彼を、通称で呼んでいる。

「なに、蕎麦店全部を、食べ歩くってわけ?」
「そうだ。そうしないと、この町の蕎麦を、語れない」
「語って、どうするんだ?」
「どうもしない。人より、通でありたいだけさ」
「制覇たぁ、大袈裟じゃないか? まるで高校球児が、
甲子園で優勝したようじゃないか」
「十五軒リストアップした。これを全て食い歩く。
これ即ち、西荻の蕎麦界を制することだ」

同じ制覇なら、居酒屋の方が楽しかろうに、
テンジンは、酒をあまり飲まない。
飲めない。
居酒屋より、喫茶店の方が好きで、
いい歳をしたおっさんのくせに、
そこで、チョコレートパフェなんぞを注文し、
スプーンで掬って食べている。

その彼が、にわかに、蕎麦を極めると言い出した。
その真意を、測りかねている。
しかし、蕎麦ならまだいい。
他へ及ぼす影響は、限定的であると思われる。
そして、彼自身にもだ。
いくら制覇しようと、破産の恐れがない。
どうせなら、この町ばかりでなく、その探求を、
杉並区の全域に広げ、やがて東京中へと、及ぼしてほしいものだ。

 * * *

「☆五つが、二軒あった」
「言わなくてもわかる。『本村庵』と『鞍馬』だろ」
「☆四つが、三軒あった」
「これもわかる。『雲竜』に『松月』そして『一水』だろ」
「先走りするなって」
「後は、☆三つだろ。可もなし不可もなしってところで」
「少し黙っててくれ。☆二もあるんだ。☆一もあるんだ」
「ほう」
「評価の対象は、味ばっかりじゃない。
雰囲気だって、大事なんだぜ、ことに蕎麦はな」
「わかった。☆一は、KとTだろ」
「何で知ってる?」
「知らずにどうする。あなたは、タバコ嫌いだもんね」
「今時、蕎麦屋で喫煙可、なんて店があるとは、
思わなかったよ」
「ひどいか?」
「ひどいなんて、もんじゃない。
食べてる隣の席で、プーカプーカやるんだから」
「そう言う店は、逆に、喫煙可を売り物にしているわけだ」
「もう行かない。ああいう店には、死んでも行かない」

結局、テンジンのやったのは、世評の追認に他ならない。
「本村庵」と「鞍馬」は、グルメ雑誌などに紹介され、
その知名度は極めて高い。
今さら……の感がある。
他に目新しい発見はない。
強いて言えば、不評店を見つけ出したことだ。
それも、嫌煙派の視点に立って……ということになる。

 * * *

「立ち食い蕎麦が、入ってないじゃないか?」
「当初から、入れなかった。考えなかった」
「同じ蕎麦じゃないか」
「それは、普通の寿司店と回転寿司を、
比べるようなものじゃないか」
「決め付けるのも、どうかな。蕎麦の場合、
味の差は、寿司ほど大きくない」
「自信たっぷりだな」
「食べつけている」
「富士そばだろ? 何処に行ったって、支店がある。
僕ぁ、入りたいと思わないがね」
「ばかにしたもんじゃないよ、あの店の蕎麦は」
「そうかなあ……」
「丸亀製麺という、うどんのチェーン店があるだろ。
あれは、どの店も流行っている。味がいいからだ。
富士そばだって、同じ。味が悪かったら、
あれだけ多くの店が、存続するわけがない」

テンジンには、立ち食い蕎麦に対する、
偏見があるのかもしれない。
それは、私の妻も同じだ。
食べに入ったことがない。
理由は一つ「だって、かっこ悪いもん」だ。
女一人で入りにくいなら、一緒に行ってやろうかと言えば
「結構です」と答える。

確かに、入りにくい要素が、幾つかある。
時分時には、込んでいる。
カウンター席に、作業着姿の、荒くれ男が、
肩を並べていることもある。
そこに、一人分の隙間を見出し、割り込んで行くのは、
慣れない客にとりためらうものが、あるかもしれない。
しかし、テンジンは男ではないか。

「一度、食べてごらんなさい。騙されたと思って」
「富士そばねえ……」
「もう二軒ある。『笠置』は飲み屋街の中にある。
『あじさい茶屋』は、駅の構内にある」
「ああ、あれか……」
テンジンは気が乗らないようだ。
これが本当の「食わず嫌い」であろう。

 * * *

テンジンの制覇に、結局、目新しいものはなかった。
僅かに彼は、私の知らない数店を、訪れている。
その熱意は、買ってやりたい。
しかし、いずれも、☆三つであった。
つまりは、可もなし不可もなしであり、だから格別に、
確かめたいとも思わない。

逆に、私の方だ。
テンジンを「笠置」や「あじさい茶屋」に連れて行きたい。
そして、その蕎麦を味あわせてやりたい。
「ほう、美味いじゃないか」
彼をして、言わしめたい。

立ち食いと言うからいけない。
安っぽい蕎麦の印象を植え付ける。
「ファスト蕎麦」
これで、どうであろう。

実際に、町の蕎麦屋と味に差があるわけではない。
その、出来上がりの速さゆえに、安直と捉えられている。
その店内の、狭小と猥雑のゆえに、
イメージを低下せしめている。
純粋に、蕎麦だけを比べたら、その味が☆三つを下ることはない。
と私は思っている。

私は、蕎麦の次に、寿司も好きだ。
テンジンを促し、次は寿司店巡りをさせよう。
もちろん、回転するそれも含めてだ。
それには、少し、彼を持ち上げた方がいい。
「制覇してくれ」
大袈裟ではあるけれど、やはり、こう言った方がいいようだ。



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駅蕎麦めぐりを

パトラッシュさん

漫歩さん、
私も同じく、うどんと、両天秤です。
ただ、うどん専門店が少ないせいもあり、どうしても、蕎麦が多くなります。

駅蕎麦もいろいろな店があります。
チェーン店になっているようです。
忙しいビジネスマンには、ありがたい存在ですね。

これも、一通り巡ってみたいのですが、容易に果たせずにいます。

2018/12/08 18:21:41

捨てたものではないのです

パトラッシュさん

シシーさん、
ご近所さんの目を意識するところは、やはり女性ですね。
でも、私の妻よりは、ずっと自我がお強い。
彼女は、世間体を慮り、一度たりと、入ったことがありませんから。

立ち食いとは名ばかり、あれは、実に便利な飲食所です。

前に、三鷹駅の駅中の蕎麦屋さんのことを、書いておられましたね。
あれは、ほんの一例です。
何処も、結構、美味いのです、駅中蕎麦屋は。

2018/12/08 18:14:05

蕎麦の立ち食いは江戸の再現

漫歩さん

私も蕎麦が好きですが、麺類が好きなので蕎麦一筋の仲間には入れて貰えないでしょう。(笑)

駅ホームの立ち食い蕎麦は、昔は常連でしたがリタイヤ後は縁が切れました。

2018/12/08 16:54:56

懐かしの、立ち食い蕎麦

シシーマニアさん

当地では、余り見たことがありません。

新幹線の駅ホームに、立ち食いきしめん、を見かけるくらいです。

そそくさと食べ終える、という食文化が余り無いのかもしれませんね。

私は、東京に住んでいた頃は、○○駅の山手線ホームとか、○○駅構内の曲がり角、等など、行きつけお店がありましたが。

もっとも、自宅と勤務地付近は、避けていたかも・・(笑い)

2018/12/08 10:19:23

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