紫色の帯

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吾喰楽家の食卓

2018年04月24日ナビトモブログ記事
テーマ：生活

『三代目三遊亭圓歌一周忌追善落語会』の一部の後は、二部の開演まで、一時間四十五分も待たないといけない。
昼餉と夕餉を兼ね、行きつけの中華料理店で、食事をすることにした。
二時間近くあると思ったが、開場までは一時間十五分だから、一時間と考えるべきだった。
店は、いつもより混んでいた。
晩酌セットで頼んだ料理二品と生ビールは、直ぐに出てきた。
料理一品と芋焼酎を追加したが、料理が遅れた。
待っている間に焼酎を飲み終え、料理が出て来たときには、二杯目を注文する破目になった。

国立演芸場に戻ったのは、開演の十五分前で、休む間もなく、場内へ入った。
いつもは最前列なので、上手側舞台の脇にある入口（4扉）から入っている。
ところが、今回は二列目で、それも通路際ではない。
遅くなったので、既に着席している方の前を通らないといけない。
上手側と下手側のどちらから入るのが良いか確認したくて、後方上手側の入口（3扉）から入った。
入るや否や、目の前を下手側へ向かって横切った、御婦人の後ろ姿に目が留まった。
紫色の帯に、見覚えがあった。

前日の正午頃、阿佐ヶ谷の生家に着いたとき、珍しく兄は居なかった。
仕立屋へ帯を、取りに行っていた。
一時間近くして戻った兄は、仕上がった紫色の帯を見せてくれた。
圓歌師匠の奥様から、「二十二日に着たい」と、頼まれた帯だった。
「明日の追善落語会で着るのかも知れないから、早く届けた方がいいよ」と、兄を急がせた。
とはいえ、奥様が、国立演芸場へいらっしゃるかは分からない。
私が西荻窪へ行くとき、一休みした兄も家を出た。

席に着いた奥様へ、声を掛けた。
「失礼します。〇〇屋（家業の屋号）の弟です。いつも兄がお世話になっております」
「今回は、無理なお願いをして、申し訳御座いません。お兄様に、よろしくお伝えください。そして、今日は、お越し頂き有り難う御座います」
「兄に伝えます。失礼しました」と、話を終わらせた。
開演が近づいていた。
長居は無用なので、直ぐにその場を離れた。
私が席に着くのを待っていたかのように、開演五分前のベルが鳴った。

後で分かったことだが、奥様と言葉を交わす機会は、席に着いたときしかなかった。
偶々、中華料理店が混んでいたからこそ、あの時間に入場したのである。
後方の扉から入ったのも、偶々だ。
偶々が重なって、奥様に会えたのは、まさに千載一遇といって良かった。
私は、良く云えば控えめ、早い話が引っ込み思案である。
圓歌師匠の葬儀でお会いしたことがあるとはいえ、ほとんど面識のない方に声を掛けることができたのも、不思議に思う。
歳を重ねると共に、少し図太くなったのかも知れない。

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写真
紫色の帯（4月21日撮影）と国立演芸場の幕（4月22日撮影）