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上海大学シニア留学日記

中国福建省周遊の旅〜泉州(2日目) 

2011年11月24日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し


朝6時20分に目覚める。
まだ、外は真っ暗だ。漸く明るくなるのは7時
(日本時間8時)を過ぎてからだ。
朝食前、ホテルのすぐ傍の厦門(アモイ)駅周辺を散歩。




(鉄路 厦門(アモイ)駅)




7時に朝食会場の1階のレストランに行く。
中国人の宿泊客が既に大勢ヴァイキングの料理の前に
行列を作っている。
順番に進んで行くべきなのに、中国人が割り込んで来る。
料理の品数が少ない。あっという間に料理が無くなる。
今度は空いた席を探すのに苦労する。
生存競争が厳しいので、中国人のマナーがなかなか
向上しないのは致し方ないのかも知れない。
中国人の団体が大勢泊まっているということは宿泊費が
きっと安いからだろう。余り多くを期待しないことだ。
珈琲も無かったので、部屋で持参したインスタントの
珈琲を飲む。


今日の観光はアモイから120km北の泉州という
港町だ。ホテルを8時半に出発。
アモイからはバスで1時間20分。

泉州は南宋から元の時代に港湾都市として発展した。
海のシルクロードの起点としてヴェトナムやインド、アラビア
半島にまで及ぶ海上交易ルートが確立した。
マルコポーロの東洋見聞録にも記述されている。


最初の観光スポットは「天后宮」という海の女神として
崇めら馬祖(馬に女偏が付く)と言われる現存した女性を
祀った寺院だ。横浜の中華街にもあるように民間宗教と
して各地に点在するが、泉州の「天后宮」は中国最古、
最大級とされている。



(天后宮)



(天后宮境内の大きなガジュマルの木の祠)


次に訪れたのは「清浄寺」というイスラム寺院。中国
十大寺院の一つだそうだ。1009年の建築。
当時数多くのイスラム人が住んでいた証左である。





(清浄寺 モスク入口)



(清浄寺 全景)



「清浄寺」の隣に「関岳廟」がある。三国志に出て来る
関羽と岳飛を祀っている。
特に関羽は中国はもとより世界各所に「関帝廟」として
祀られ、商売の神様として民間の崇拝を集めている。




(関岳廟)




(関羽?それとも岳飛?)


昼食は泉州料理というが特に特徴を感じられなかった。
私はこちらのビールがアルコール度数が3%ちょっとで
酔わないので、「紅星二鍋酒」を持ち込み、加えて飲んだ。
すると、日本の焼酎をペットボトルに水のように見せて
持参した茨城県出身の同年輩の方がいて、以後
この方と隣り合わせでテーブルに座ることとなる。




(ポケット瓶が紅星二鍋酒です。街で4元・50円)


昼食後は「海上交通史博物館」を見学。
港湾都市という土地柄だけに、館内は元代の国際貿易
や鄭和の大航海、華僑の出国史などのテーマで
当時の船などが展示されている。



(海上交通史博物館 館内)


この後、お決まりの民芸品店でのショッピングタイム。
私は、もう以前に散々買ったので、もうこの手の店
では買わないことにしている。
他の参加者も中国は何回目と言う人が多く、余り
買わない傾向だ。
私はこの時間、店の周辺の街をぶらついた。



(豚肉の塊が売られている。こちらでは牛肉は余り食べない。)


14時過ぎ、来た道をアモイに向かて引き返す。
バスの車窓からは至る所、土木工事や建設工事を
している光景が眼に飛び込む。中国の凄まじい経済発展
が肌で感じ取れる。


ホテルには夕方16時に到着。約1時間休憩して、
バスで市内のレストランに向かう。
今夜の店はアモイ料理の店というが昨夜の四川料理より
辛く、この夜の料理が私には一番口に合った。



(この夜のレストラン)




(マテ貝料理)



(いか料理)



再びホテルに戻り、この日のスケジュールは終了。
私は駅周辺の地下街にある、テスコという英国系の
スーパーマーケットを覗く。
もの凄い面積だ。中国は何でもスケールが大きい。




この後、昨日同様、ケンタッキーフライドチキンの足を

2本買って、部屋で一杯やってから23時に就寝した。

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