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長屋の花見」タイランドスタイル(最終回)
2024年03月31日
テーマ:エッセイ
(前回)
「もし『ファンティ・ペンチン』に出られたら、ブン巡査は何がほしいのだい?」。ぼくはウイスキーをすすめながら聞いてみた。
ぼくは、聞いたあと考えた。世の中には、現実的になれ、と忠告する人々もいる。夢をつぶし、人生を貧しくするのが自分のつとめだと思っている人々であろうか。しかし、うれしいことに、人のもつ夢や理想をはげまし、人の目標に喜んで付き合おうとする人が、数は少ないだろうが、必ずいるものである。
「オレはそうだな、ちいさな家がほしいな。あのゲストハウスは借りものだから、オフクロといっしょに住めるような家をな」
タイでは結婚後、夫は妻の家に住むことが習わしだが、母親も年をとったのでいっしょに暮らしたいと、ブン巡査はいつになく神妙である。
「そりゃあ、『ファンティ・ペンチン』じゃあ無理だよ、オレは宝くじを当てて病院のオーナーになるよ」とホスピタル。
宝くじは、一等賞金がブン巡査の百年分!のものもあるというから、ホスピタルの病院オーナーもけっして夢ではない。
「わたしの夢はそんなに大きはないのよ。妹を呼び戻して、いっしょにこの町で花屋さんをやりたいわ」と、花が好きな天使のひとり。
もうひとりの天使は「この町にはないソフトクリーム屋さんをはじめたい」とはしゃぐ。
「わたしもお店をやりたいな」。イスラム美人は市場に牛肉屋を開きたいと、その権利金を貯金しているという。イスラム教徒の人たちの牛肉屋は多く、特別な仕入れルートがあるのか、肉がうまいと評判である。
「オレは宝くじはいいや、一度も当たったことがないからな。『ファンティ・ペンチン』に出られたら、屋台はいらないから、現金とメコン・ウイスキーを一年分もらえればいいや」と、ソムタムは酔がまわってきたようだ。
話はだんだん「夢をかなえてくれる木」の下にふさわしいものになってきた。
サラカーンの広場にそって流れるチャオプラヤー川に目をやると、太陽はやさしくなり、川面をなでながらちいさな風がやってきた。
カンラパプルクの木を見上げると、桜のようにヒラヒラと舞うことはないが、風に吹かれると花がクルクルと落ちてくる。これはこれで愛嬌があって、かわいらしい。
「うんいいね、花見が好きな話だよ」
ぼくは、母親と新築の家に住むブン巡査や、病院のおーなーになったホスピタル、花に囲まれた天使と、口の周りにソフトクリームをつけた、おちゃめな天使、牛肉を売るイスラム美人、そして、たのしそうに酔っているソムタムの顔を頭に巡らせながら、散り落ちていく花びらを数え、そうっと、目からあふれそうになった涙をぬぐった。。
(了)
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