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筆さんぽ
一枚の絵
2024年02月20日
テーマ:読書案内
「ご趣味は?」
「室内装飾です」
好きな女性からこんな答えが返ってきても、芸術的な趣味だなどと思って、うかつに結婚してはいけないと、星新一は言う。「趣味」(新潮文庫の『マイ国家』に収録)というショートショートがある。
順子の趣味は室内装飾だった。熱中していると、日常生活のちょっとした不満など、たちまち煙のごとく消えてしまう。才能もあり、努力して、専門家に負けないすぐれた感覚を身につけた。
彼女はまず、父に頼み込んで自分の家の模様替えを手がけた。
「いくらか古風な父の性格に合わせ、和風ムードを貴重とし、それに明朗さをあしらった」。見違えるような出来栄えに、順子の腕前に半信半疑だった父も感心した。
やがて順子はひとりの男と知り合い結婚した。夫は順子の趣味を認め、家の室内装飾を全てまかせた。最高のものを仕上げるにはまず、夫を理解しなければならない。
「健康的で、いくらかお人好しで仕事第一主義のビジネスマン」。そんな夫の性格に合わせ、窓の大きさから蛇口ひとつまで吟味を重ね、ついにアメリカ風の近代的な室内装飾が仕上がった。
室内装飾の基本は、住む人の人格を反映した、居心地のよい小宇宙をつくることにある。訪れる人はみな、家と住人がぴったりと合った美の世界に感嘆した。
そんなある日、夫が順子に贈物を買ってきた。高価な一枚の絵だった。彼自身の好みではなかったが、順子が気に入ればよいと、苦心して手に入れたものだ。
順子は大喜びしたが、安易に飾ることはできない。まず額縁を変えた。壁紙が合わなかったので張り替えた。部屋が明るすぎたので窓を小さくした。
一枚の絵にあわせ、カーペットも、家具も、外壁も庭も、順子自身の服装まで変えていったが、最後に問題がひとつ残った。
不満は日毎に高まり、耐え切れなくなった順子は、ついに父に電話して悩みを打ち明けた。
「どうしても夫を取り替えなければならないの」。
(了)
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