読書日記

『悪玉伝』 <旧>読書日記1336 

2023年02月13日 ナビトモブログ記事
テーマ:<旧>読書日記

朝井まかて『悪玉伝』角川書店(図書館)

本書の主人公は大坂の炭問屋の主の木津屋吉兵衛。もう一人影の主人公とも言えるのが大岡裁きで有名な大岡忠相である。二人は裁かれる者と裁く者という関係になるのである。

さて、吉兵衛は学問と風雅を好み、家業はそっちのけで放蕩の日々を過ごしていた。そうした所に実家の大商家である辰巳屋の主である兄の訃報が伝えられる。実家には泉州の豪商唐金屋から養子を迎えていた。唐金屋の当主は与茂作と言い、海運業を主として全国的に多角経営をなし大名貸しなども行っていて、岸和田藩の御用商人も務める大物であった。

しかし、その養子乙之助はまだ16歳と若く吉兵衛の目からすれば、己の意志も持っているのかどうか危ぶまれるような存在でしかなく、唐金屋から派遣されてきている大番頭の与兵衛が店の采配を揮っている。430人余りと言われる手代の中にも唐金屋系のものと先代からの忠義者との二派に分かれている様である。

自体は相続争いとなり、吉兵衛は乙之助に気持ちがあれば後を継がせる積もりはあったが、乙之助は実家に逃げだし、結局は吉兵衛が跡目を継いで辰巳屋吉兵衛となる。

しかし、ことは意外な展開となる。実家に戻っていた乙之助は吉兵衛と話し合おうともせずいきなり大坂町奉行に対して正当な跡継ぎであると訴訟を起こす。しかし、この訴訟は吉兵衛と親族の根回しが効いて吉兵衛の正当性を認める判決がでるのであるが、ここで唐金屋の当主与茂作は以前に牡丹を吉宗に献上し、吉宗とも親しく話せるという関係を生かして、目安箱に訴状を投函し(目安箱に当時ら他ものは吉宗か直接目を通すという慣例である)、吉宗はこの相続争いの再吟味を大岡忠相に命じる。

結果、大坂町奉行などに収賄の疑いが湧き出て、吉兵衛は江戸に収監されて投獄の上吟味を受け、数ヶ月間にわたる吟味の結果、大坂町奉行は閉門、仲立ちをした用人は死罪など武家周辺で60名ほどの処罰を受けることになるが、吉兵衛は雁金屋の呼び出しに成功し、相対して話をつける。判決では吉兵衛は遠島の上、闕所という当初判決がまけられて所払いとなった。

吟味の終わりに判決を下した大岡忠相は吉兵衛に尋ねる。「その方、何ゆえここまで踏ん張った」と。吉兵衛は答える「本来相対済ましで落着させる一件でした。手前が簡単に屈したら、巻き添えにしてしもうたお方らは犬死に同然となります…手前は何もかも失いましたが、苦しい道を選んだことは一縷も悔いておりまへん」。本当に巻の最期で最期に吉兵衛は自分こそが亡家の悪玉であった、と気づく結末であった。

本書を読みながら、乙之助の影が薄いこと、なぜに互いの話し合いで決着をつけられなかったのか、という疑問があった。読了後、この話は「辰巳屋騒動」と名付けられた実際の事件を題材にして居ることが判り、その重要な史料として大岡忠相日記があることを知った。実際の話を元にする以上、大筋を替える訳にはいかないものだし、なぜ、この事件が史実に残るものとなったかは謎のままであるが、著者がそれを書けなかった理由も理解できた。また、本小説に先行するものとして松井今朝子による小説『辰巳屋疑獄』という本が2003年に出版されていた。
(2020年6月3日読了)
事件に関する論文→https://core.ac.uk/download/pdf/144432018.pdf



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