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「今」とは私の全歴史を担った今ではないか 

2022年10月07日 ナビトモブログ記事
テーマ:思うこと

而今とは禅語で「今この瞬間」を意味するものだと思っていたが、而とは「しこうして、そして」という意味があると思った。これはかなり違う。「今この瞬間」の今は過去未来を含まない今と思える。一方「そして」がつく「今」は過去の歴史を含んでいる「今」ではないか。
言語的にどちらが正しいか分からないが、「そして今」と思うと今この瞬間は私の全歴史を含めた今のような気がする。うまく表現できないが「とても重い意味のある今」のように思える。そんなことを禅語録を読んでいて思った。

猪木の残した言葉は「ありがとう」だったそうだ。この言葉が残せれば大往生だ。果たして私は言えるか。遺言には書いてあるが。
最後の頃見舞いの皆にふるまったのはガリガリ君のジュースだったという。私もガリガリ君が好きなので親近感が持てた。

雨の中をジムの卓球に。私がマドンナと呼んでいる女性と対戦できたのでラッキー。この方を見るとなんだか元気が出る。今日は雨のせいか、風呂場は二人しかいなかった。音痴の鼻歌など歌い、のんびりジャグジーを楽しんできた。

帰ってから疲れたのでベットに寝ころんで雨の音を聞いていたら、こころが子供時代の一家で炬燵に入っているような安心感に満ちた気分になった。この気分失いたくなくて小一時間程ベットにいた。



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