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むぅびぃ・とりっぷ
京アニ放火犯の複雑な半生と犯罪歴
2019年07月30日
テーマ:テーマ無し
一人の異常な精神状態の男が、不特定多数に向けて自分よがりの暴力をぶつけると、一瞬にして34人(後に35人に)の命を奪うという、こんなにも多くの犠牲者が出てしまうことが恐ろしい。7月18日の朝、京都アニメーションの放火により、現場に駆けつけて逮捕された男は職業不詳の青葉真司(41)。自身もやけどを負っていたという。調べによると、青葉はスタジオの建物に入ると、ガソリンのような可燃性の液体をバケツでまき、「死ね!」と叫んで火をつけた。彼はどのような半生を歩んできたのか?「週刊文春8月1日号」に、記事が掲載されていたので、そこから抜粋していきたい。● 血の海の中に子供が唖然と青葉の実父・A氏はかつて元市議会議員の運転手や幼稚園バスの運転手などで日銭を稼いでいた。今から50年以上前、幼稚園で働いていた女性と結婚し、六人の子どもをもうけた。 ところが、子供の担任をしていた幼稚園教諭と不倫関係に陥り、六人の子どもたちを捨て、駆け落ち同然で家を出た。その幼稚園教諭と再婚。1976年に長男が生まれた。そして、1978年5月に誕生したのは、次男の真司だった。翌年には長女も生まれ、一家は埼玉県に移住する。小学校のクラスメートが当時の青葉を語る。「放課後は一緒に鬼ごっこやボール遊びを小学校の校庭でやっていた。中学時代も柔道部に入っていた」1991年4月、青葉は地元の公立中学に入学。だが、中学三年時の元クラスメートは「その時、彼はほとんど学校には来てなかった。不登校だった」と指摘する。1994年4月、青葉は埼玉県浦和高校の定時制に入学。県庁の非常勤職員として勤務した。県庁の仕事の後には埼玉県内のコンビニで働いた。青葉が21歳のときに、父が壮絶な自殺をする。「1階和室の畳一面が血の海でした。そして、その血の海の中に子供が唖然とたたずんでいたのです。救急車や警察が駆けつけて騒然となった。生活苦による自殺だったと知ったのは後のこと。喪主を務めたのは長男でしたが、(葬儀を)仕切ったのはAさんとお付き合いの深かった創価学会の世話人でした。その後、残された子供たちは家賃をさらに滞納するようになり、やがて大家さんに追い出されたのです。」(青葉家の知人)● 下着泥棒を捕まえに来たやがて青葉真司はあらゆる人間関係を遮断する生活を送るようになった。「2006年春頃、うちに警察がやってきたのです。『アパート一階に住んでいる下着泥棒を捕まえに来たのだけれど、部屋を開けてくれないんだ』と。警察に言われて部屋の鍵を渡したところ、本人は部屋の中で寝ていて、そのまま警察に連れていかれました」(同前)執行猶予判決により社会復帰した青葉は、派遣社員の職を転々とした後に2010年夏の頃には郵便局に勤務。しかしそれも長くは続かなかった。「2012年6月、青葉は坂東市内のコンビニエンスストアに包丁を持って押し入り、約二万円の現金を奪って逃走。強盗と銃刀法違反の疑いで逮捕されたのです。当時、青葉は『オウム事件の高橋容疑者のように自分も逃げられない』と供述していました」(青葉家の知人)青葉は検察の取り調べに対し、「仕事上で理不尽な扱いを受けるなどして、社会で暮らしていくことに嫌気がさした」などと主張した。この事件により、彼を唯一の肉親として支援していた母とのつながりも絶たれてしまった。● 小説の執筆をしていた青葉は、刑務所生活をしていたときに小説の執筆をしていたという。「青葉っちは『勉強したいんで、ペンとノート貸してください。』とか、いちいち刑務官に頼んでました。『部屋で何をやってるの』と尋ねると、『いや、小説を書いてるんです』って。小説なんて、こいつ頭いいのかなと思って、『どんなの書いてんの?』と聞いたら『まあ色々と』と話していました。刑務所では5時ぐらいに食事して、9時に消灯だから、その間に書いてたみたいです。」(元刑務所仲間)それが今回の犯行時に叫んだ「小説を盗んだからやった。社長を呼べ。俺の作品をパクりやがったんだ!」に、つながっているかのように思えるが、盗作に抗議したいのであれば、きちんと対象のアニメ作品を明らかにし、自分の作品で盗作されたと思われる箇所を明らかにすればいい話だ。 あまりに理屈の通らない青葉の行動は、むしろコンビニ強盗に入って逮捕されたときの「社会で暮らしていくことに嫌気がさした」が、今回の犯行動機に近いと思われる。他人を巻き込んでの、自分の人生の意識的破壊に思えてくる。刑務所で小説を書いていたことは、社会の底辺を生きることになってしまった自分を慰める単なる一つのポーズであったような気がする。京アニメの八田英明社長の「何を言っているのか分からない」は、もっともな感想で、これからも本人が発作的な今回の犯行をきちんと言葉で説明することはできないのではないかと、ぼくには思えてくる。
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