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安芸武田山城(佐東銀山城)跡 

2011年04月09日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

== 佐東銀山城(安芸武田山城)跡・安芸国守護の城 2 ==
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== 佐東銀山城(安芸武田山城)==
銀山城史跡絵図



(「ふるさとやまもと」より)

やっと頂上近くまで来ました。
巨大な岩が石垣のようです。



頂上に到着。頂上には大きな岩がたくさんあります。
なぜか寄りかかった岩が多いです。


 
頂上の看板


 
 
頂上岩の上から南方の展望
広島のデルタがほぼ見渡せます。
東側しか展望できません



 

 
広島市の中心地。
こうしてみると狭いです。
この城が使われていた時代はかなり海が近かったでしょう。
広島城が殆ど埋め立てて築かれているのでデルタの半分以上は海だったのでしょう。
手前の山くらいまで海だったかもしれません。


 
東方の展望
大田川がゆったりと流れています。
写真の右端の橋を渡ったあたりに安国寺(不動院)があります。



 
 
 
北東の展望
山陽自動車道が武田山を貫いています。



 
北方の展望。



頂上の奇岩群
御守岩台



 
館跡
奇岩の横は少し広くなっており館があったと思われます。



 
さらに北東方向に進みます。
鶯(うぐいす)の手水鉢
館跡のすぐそばの岩の上に、人工的なくぼみがあっていつも雨水がたまっています。
どんな日照りにもこの水は乾いたことがないと言い伝えられています。


 
奇岩がごろごろしています。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
犬通しと呼ばれる堀切


 
 
堀切下より
雪が少し残っていました。


 

 
 
見張り台跡   木が茂って全く展望は有りません                                        



 見張り台看板



 
見張り台の下の郭跡


 
      
   東南方向はここまでにして、再び館頂上部を通り尾根沿いを進むことにし
     
     観音堂跡という郭跡にきました。
     ここは城の中心部から南西に少し離れた場所です。
     観音堂が建っていたので観音堂跡となっていますが本来は搦め手の防御の郭でした。
 


    さらに南西に進むと広い郭に出ました。弓場跡となっています。
     

 
 
    実際に弓と矢が置いてあり遊ぶことができます。
    地元の保存会が作られたようです。
         


 
    この先も道が続き隣の火山に続いています。
    武田山から広島市佐伯区の鈴峯まで連なる山々を広島アルプスと言うそうです。
   
   結構疲れたので同じ道を下ることにしました。
   登りでは気付かなかったですが、御門跡の上あたりに石段を加工した見張り台がありました

 
 
    
 
 
 
 
 
 
 
 
 
石段よりの展望

 
 私には険しい山でしたが、地元の方による保存の努力のおかげで、楽しい登城でした。
 
ただ麓にあるまむし注意の看板が多過ぎてびびりました。
もうすこし暖かかったら登らず帰ったかも。
  

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