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北軽井沢 虹の街 爽やかな風

記紀が綴る理想の政治 

2011年02月19日 外部ブログ記事
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帝(みかど)は高台から四方を見渡された。
「夕方だというのに、竃(かまど)から夕食の準備のための煙が立ち昇っていない。民が貧しくて炊くものがないためではないか。都の近くがこのようであれば、地方はなおさら厳しいことであろう。民の負担を除いて、国を富ませねばならない」とおっしゃった。そのお言葉通り、「向こう3年、税を免ず」と詔(みことのり)され、民の税金や労役をすべて免除された。
 
それからというもの、帝は着物が破れるまで着て、履き物が擦り切れるまで履き、御殿の垣が崩れ、屋根が破れてもそのままになさった。夜は屋根の隙間から星の光が見え、雨天には雨が漏る有様になった。しかし、少しも修理させようとせず、木の箱で雨を受け、雨の漏らないところに移って過ごされた。
 
そして3年経って再び高台に立たれると、竃の煙があちらこちらから立ち昇っているのが見えた。それを見て帝は、「民の竃は賑わいにけり」と喜ばれ、「朕(ちん)は、すでに富んだ」とおっしゃった。これを耳にされた皇后は、「皇居の宮垣は崩れ、雨漏りしているのに、どうして富んだといわれるのですか」と問われた。すると帝は「政(まつりごと)は民が本である。その民が富んでいるのだから朕も富んでいるのだ」とお答えになられた。
 
やがて、豊になった諸国の民は帝に口々にお願いした。「宮殿は朽ち果てています。それに比べて民は豊になりました。税を取ってください。宮殿を修理させていただかないと罰が当たります」。それでも帝は、さらに3年間、税を献ずることをお聞き入れにならなかった。6年の歳月が過ぎ、やっと税を課し、宮殿の修理をお許しになった。その後、帝は、国力の回復を見計らって、治水・灌漑のために日本最初の土木工事に力を尽くされた。
 
大阪平野を暴れ回る淀川の氾濫を防ぐため、現在の 門真市 周辺に茨田堤(まんだつつみ)を築いた。また、農地を肥沃にするために水路を堀り、各地に貯水池を造った。そして、当時、大きな入江になっていた大阪湾周辺の物流を円滑にするべく、今の 大阪市生野区 あたりに、日本最古の橋、猪甘津橋(いかいつのはし)を造営した。
 
以上は、「古事記」「日本書紀」に伝わる、第16代天皇、仁徳天皇の事績である。これらはいわば、記述が残る日本最初の経済財政政策だ。仁徳天皇といえば、堺市にある大山古墳が陵墓だとされてきた。同陵墓の面積はエジプトのギザのピラミッドを凌ぎ、秦の始皇帝に匹敵する。実際にかような仁と徳にあふれた帝が存在したのか、そして、御陵が同帝のものであるかどうかはわからない。しかし、御陵は存在し、現実に茨田堤や猪甘津橋と思しき史跡も存在した。天皇を中心に数多の民が懸命に国造りに邁進したことはたしかだ。
 
イギリスの歴史学者、アーノルド・トインビーは述べている。「その国の神話を学ばなかった民族は例外なく滅んでいる」私たちはエジプトで民の力が独裁政権を倒す歴史的瞬間を目にした。
古今東西、政(まつりごと)の理想は変わらない。ピラミッドの国の政変に瞠目(どうもく)する今こそ、世界一の広さの陵墓を築いたわが国の歴史を再認識し、記紀に綴られた政の理想に立ち返るべきである。
 
ここまで、2月18日産経新聞、西川りゅうじんのコラム「平成志事術」より転載。
 
 
今朝の気温は氷点下13℃。しかし、太陽の光は、真っ白い雪のキャンバスに芸術的な裸木の影を写し、見上げる空の色は鮮やかな青だ。風もなく数字に見るほどの寒さは感じないが、昨日の雨と雪で足元はバリバリのアイスバーンとなっている。こんなに明るく穏やかな日なのに、散歩は危険なのだ。部屋の奥深くまで日が差し、室内は暖房を必要としないほどの暖かさを感じる。マッケンジー運動、腹筋、背筋、ストレッチと、いつものように体を動かしているとしだいに体が温まる。
 
いつも温泉の話しになるが、冬の温泉は、とくに露天風呂がいい。1130鬼押し温泉の場合、室内の浴槽の端に階段がありそこからドアを開くと露天風呂に通じている。気温の低い日には、当然ながら外は氷点下であるが、ドアを開けた瞬間の凍りつくような寒さの後に、温かい温泉の湯は応えられないのだ。白い雪を被った石の間から流れ落ちる源泉の湯煙は風の方向により時々自分の顔をめがけてやってくる。冷たい風と温かい湯煙がぶつかり合いながら踊っている。
青空に白い雲もいいが、曇り空からちらちらと雪が舞う光景も素晴らしい。この地で味わう至福のひとときである。
 
嬬恋村に自生する植物の繊維から糸を紡ぎ自然布を織る活動をしている「さゆみの会」では、3月に作品展を開催する。春から夏にかけて植物を採集し、その繊維から糸を紡ぐという作業はとても地味で大変な作業である。妻は、それを紅茶で染めて色を変えたりしながら、自分でデザインした製品を作っている。その姿は、誰にも会わない、電話もかからない冬の日差しの炬燵の中でとても楽しそうである。自分で大好きだという冬に、ここに来る前から夢見ていた静かな生活を満喫しているように見える。
幸せそうな微笑みの側にいる者は、それ以上に幸せを感じるものである。
 

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