明るく楽しく

ある男の生涯 

2013年12月23日 ナビトモブログ記事
テーマ:私小説

第一章 幼児期(1)
    覚えているのはチンドン屋に友達とついて行き気が付けば友達はいなくなり私一人になって迷子になってしまった。交番に連れて行かれ焼き芋をもらって警官の肩車であっちこっち歩かせた。
感だけを頼りに警官を歩かせていたら前に見覚えのある橋があった。橋を渡るとそこに母が呆然と立っていた。
それまで泣かなかったのに大粒の涙が出て泣き出した。

家の玄関前に大きなヤツデが植えてあり夜になるとそれが風に揺れ妖怪のように見え怖い怖いと母に泣きついた。

戦争は本格的になり東京も爆撃の対象となった。防空頭巾を被り防空壕に逃げ込んだ。
戦火はますます酷くなり家族は母の郷里である福島県に疎開した。
疎開先は相馬の奥の方で古い小屋のようなとこだった。
ある時母に付いて町まで買い物に行くことになった。
途中真っ黒なB29が20機程仙台の方に飛行していた。
母と私は道路の側溝に隠れた。

戦争も終わり家族は母の実家に同居する事になった。
祖父と祖母と母の弟と我が家の3人の合計6人暮らしが始まった。父は東京にいて時々帰ってきた。



拍手する


コメントをするにはログインが必要です

PR







上部へ