＋＋＋セックスは一時（いっとき）でしょ、でも拍手
は劇が終わっても、心の中で長く続くからーーー」
「なるほどーーー現実的な答えだね」

２８．社長はあちこち難しい

　女が話題を変えた。
「訊いて良いかしらーーー、社員さんは何人いるの？」
「うん、二十人くらいだよ。機械を売る商社なんだ。
もう三十年程になるかな、僕が作ったんだ」
「社長さんというのは、どんな仕事をするの？　私
には、そんな友達が居ないからーーー」
「気楽に見えるかいーーー？」

「見えなくも無いわ。 社長の仕事は難しいーーー？」
「ああ、難しいと思うーーー肩が凝るよ、実際。 けれ
ども毎日やっていると、不思議に難しさに慣れてくる」
「何処が、難しい？」

「そりゃ、あちこち難しいーーー」
「あちこちーーーー？」
「けれど、バレエみたいにハードな練習をしたり、何
か特別な才能が秀でてないといけない訳じゃないよ。
人格者でないとダメ、人付き合いがヘタだからダメ、
でもないなーーー。実はこれらは、全部僕の欠点だけ
れどね」

「なーんだ、じゃあ、易しそうじゃないの。誰でも社
長に成れる？　例えば、努力すれば、私にでも？」
「誰でも成れるかーーー？　成る程、そんな社長も世
の中に居るだろうね。けれどもそんな風に、真正面か
ら訊かれるのは初めてだよ」

「失礼だから、そんな事を訊かないのかしら、誰もー
ーー？」
「アハハーーー、いや、ちゃんと訊いておいた方が良
いかもね。将来社長夫人になった時に、まごつかない
為に。僕の場合に限って言えば、社長をやっている
と、自分の能力の引出しを全部引き開けられて、いち
いち試されるみたいな気がするよ。バレエとは違うか
も知れないな」
「ふ〜ん」

「時代も世の中も変わるから、毎年会社を取り巻く環
境は変わる。変わったからといって、自分にはアレは
出来ない、コレは苦手では通用しないよ。僕は元々エ
ンジニアだけれど、畑違いのセールスも経理も出来
るよ。今なら、何が本職が判らない位だ。それに、毎
日が応用問題」
「毎日が応用問題ーーー。じゃ、社長は何でも来いの
オールマイテイ？」

「ウチくらいのサイズの会社なら、結果として社長は
自然そうなるね。逃げ場が無いから。毎回真剣勝負を
挑まれるみたいな感じで、鍛えられるから強くなる
よ。三十年会社が潰れなかったのは、勝負の度に勝ち
続けて来たのだとは思うけれどねーーー」
「ストレスが凄いのね、きっと」

「そういうのに慣れると、他の人のやっているのが生
ぬるく感じてしまう。竹刀で馴れ合いの叩き合いをや
ってるみたい。叩かれたら「痛い！」と言えばいいだ
けだ。殺される事はない。経営で言うと、殺されると
いうのは会社が潰れるということだよ」
「一々殺されていては、大変だわーーー」

（つづく）