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作品名 ウルメの話(4) 評価 評価(1)
タイトル ウルメの話(4)
投稿者 比呂よし 投稿日 2013/12/01 15:13:21


+++私は買い続けたから、ゆくゆく高知県全体を
買い占めるのは時間の問題になった。

(4)

 食べきれなくなった分を、私はこっそり自宅の台
所の冷凍庫の底一面に平らに並べて隠した。その上
に白い紙を敷き詰めて、「ソコが底」に見えるよう
に細工して、上に他の冷凍食材を並べた。白い紙は
週毎に段々せり上がって行ったのである。

 ある日配偶者が、異変に気づいた。冷凍庫の底が
購入した当時よりもかなり浅いと疑念を抱き、白い
紙を何気なくはぐったのである。世の不幸は、昔か
ら大抵何気なく起きる。

 女には、ぎっしり並んだウルメの大群が今にも襲
い掛かるように見えたのだ。腰を抜かして、我が家
が直面している世紀の大事件に悲鳴を上げた。続い
て直ぐに、激烈な単語が唾しぶきと共に飛んで来
た:「ヒーッ、チャンッ!」(=ひろし、恥ずかし
ながら私の名)

 かっては生まれ故郷の紀州は蜜柑の日高町で、小
町と呼ばれた美人である。寄る歳で多少劣化してい
るとは言え、笑顔を消すと相貌に凄みが出る。険を
含んだ目が私を睨み据え、全身が怒りとなって荒れ
狂い、家を揺らした。

 命の危険を感じてノミのサイズまで縮み上がった
私は、床に這いつくばって言訳に努めた:「これは
デパート側が仕掛けたワナだ」と、責任を一方的に
相手に押し付けたのである。
 ワナに掛かった哀れな年寄りへ、妻は比類なく寛
大であるべきだ、と私は独自の理論を展開した。半
日に及ぶ言葉巧みな弁明をこしらえ上げて、何とか
小遣いの減額を免れた。

 が、話はまだ終わりではない。

 一方デパ地下でも時を同じくして、事件が起きて
いた。たった一人の買い手が、和歌山方面の「日高
小町」によって、はかなくも撃沈されたのを夢にも
知らず、一層の戦線拡大を図ったからである。

 勢いに乗って売れると見込んだ仕入れ係は、あろ
うことか「高知特産フェア」を開催したのである。
大量のウルメを含めて、恐ろしい事に、軽トラ一杯
分の干物を高知から動員した。結果として、これが
大きな誤算であったのは書くも愚か。

 殆ど売れなかった高知フェア開催直後から、ウル
メの売上げが激減どころか、パーフェクトに皆無と
なった。大量に積み上がったウルメの売れ残りを眺
めて、天変地異にも似た怪奇現象に、仕入れ係は一
体何を思ったろうか? これが若い彼の出世に悪影
響を与えたに違いないと思うと、私は深く責任を感
じる。

 かくして、ウルメ戦争は双方の痛み分けで終戦を
迎えた。あれ以来時々売り場に寄ってみるが、もう
一年になるのに高知のウルメは一度だって並べられ
た形跡がない。ウルメはデパートの鬼門であるらし
い。

 冷凍庫から取り出して、私は今日も高知産を1本
は食べた。取り過ぎた塩気にやられて、百までは生
きられないかも知れない。

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