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作品名 梅の話(4) 評価 評価(1)
タイトル 梅の話(4)
投稿者 比呂よし 投稿日 2013/11/23 09:19:14

+++「あんな風になった」のは嫁のせ
いだと信じて、息子を奪った女を憎んだ。

(4)

 買い物に出た妹は、なかなか戻って来
なかった。病室とはいえ母と二人きりで
一緒の時間を過ごすのは、もう何十年か
振りである。

 けれども、ベッドから力なく私を見上
げる母の目は、私の後ろに付き添っている
嫁の影を捉えていたのだろうか。そうかも
知れないが、母は黙っていた。宝物の筈の
息子が直ぐ間近に居りながらも、母の心を
占めるのは寂寥と孤独かも知れないと思
うと、女の哀れを身に引き受ける気がした。

 部屋の窓の外で、家の前の道を歩く数
人の小学生らしい甲高い声が聞こえた。
笑いの混じった声からして、男の子達が
三々五々ふざけながら歩いている。彼ら
には、これから生きる自分達の命と遊ぶ
事だけが、天下の二重大事件である。三
番目の人の死など思いも寄らない。

 窓ガラス一枚隔てた直ぐ隣で、誰かの
命が消えようとしていても、世の中は何
処までも平和で、のどかである。母の耳
へもこの「のどか」が聞こえたろうか?

 「人生は幸せだったかい?」と、耳の
遠い母に良く聞こえるよう気を遣って、
大きな声で試しに尋ねてみた。暫く間を
置いて、「まあーー幸せなほうーー」と
小さく応えた。
 聞き取り難いが、案外しっかりした返
事に私はたじろいだ。意識の明瞭なのが
反って残酷に感じた。それで:

 「戦争もあったし、大変だったよな」と
私は、女の一生を振り返る思いで、怒鳴る
ように言った。当時はウチだけでなく、日
本中が貧しかった。
 遠くを見るように、母は暫く目を空中に
泳がせてから、「赤紙※の来るのが怖かっ
たーー、子供が居たしーー」と、細い声が
一語一語ゆっくり応えた。昔の女の結婚
は、恋愛の問題ではなく経済の問題であ
った。           ※召集令状

 七年前に既に死んだ夫とは長く不仲であ
ったから、母の幸せの度合が高かったとは
思えない。夫は田舎の落ちぶれた文具屋の
息子で苦労人であったが、母は街の呉服屋
の娘だった。家や育った環境が釣り合って
いたとは言えない。不仲の原因は、むしろ
母の我がままにあったと思う:

 「箱入り娘の母さんと、田舎出の父さ
んは、育ちが違い過ぎたねーーー」と慰め
る積りで言うと、目を少し笑わせた。私へ
の偏愛は、夫への不満のはけ口だったかも
知れない。

 枕元に、台紙が茶色に変色した家族の古
いアルバムが一冊置いてあった。妹が私の
為に気を遣ったのか、それとも母が見たが
ったからか。私はアルバムを繰って眺めな
がら、確かに美人だと思った:

 「若い時、母さんは美人だったね。結婚
した時、父さんは嬉しかったろうな」と、
言葉を区切りながらゆっくり言うと、さっ
きよりも多めに目を笑わせた。湿り気を失
っても、女を忘れてはいない。

 その様子に勇気を得て、「神戸にある父
さんのお墓に、一緒に入るかい?」と思い
切って訊くと、小さく頷いた。

 あんなに不仲であったのにと思いなが
ら、やっぱり一人切りの墓に入るのは寂し
いのか、それともあれこれ考えるのがもう
億劫なのかと思った。しかし直ぐ後で、父
の墓は私の住まいの直ぐ近所にあるからな
のだ、と気が付いた。

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