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作品名 マイ・ブックショップ 評価 評価評価評価評価評価(5)
タイトル 名作と思う
投稿者 パトラッシュ 投稿日 2019/04/02 11:06:13

私は子供の頃、本が好きであった。
電車を好きな子が、運転士に憧れるように、私は本屋になりたいと思った。
本は、定価販売であり、そこに営業努力のようなものは、要らなかろう。
書棚に並べておくだけでいい。
店内は清潔であり、店番をしながら、本を読んで居られる。
こんな極楽商売は、ないように思われた。

しかしながら、我が家は既にして商家であった。
長男であった私は、家業の金物店を、継がねばならぬ運命にあった。
その運命に従い、やがてわかったこと。
どうせ商売をやるなら、努力がストレートに、業績に結び付く方がいい。
己の才覚を、示せる方がいい。
本屋では、その余地が少なかろう。
私は、金物店を継ぎ、正解だったと思うようになった。

昨今「屋」の付く商売が軒並みに、不振を極めている。
この町に、それぞれ十軒近くあった、書店も金物店も、相次いで閉店し、今やそれぞれ、
一軒を残すのみとなった。
私の金物店も、とうに廃業している。
仮に書店をやっていても、それは同じであったろう。
後継者が居ない。
それは、どうにも解決出来ない、問題であったから。

本好きにとって、書店は、大変にありがたい場所であった。
買わなくても、店に居られる。
書棚を眺め、立ち読みし、三十分でも一時間でも過ごせる。
私は書店には、いくら感謝しても、しきれないと思っている。

書店の数こそ、その町の文化の程を示す、バロメーターではなかろうか。
それがもし、一軒もないとしたら……
それは寂しいことだ。
悲しいことだ。

この映画の主人公、フローレンスも、同じように思ったのであろう。
戦争未亡人の身でありながら、小さな港町に、書店を開こうと思い立った。
第二次世界大戦が終わり、間もない頃のイギリスである。
テレビもまだ十分には普及せず、娯楽の中に、本の占める割合は、
私の幼少期と同じく、高かったであろう。
しかし、町民には必ずしも、歓迎されなかった。
それどころか、出店を、露骨に妨げようとする者も居た。
町の有力者の夫人である。
本屋を開こうとする、その場所を、別の目的に使用したいと目論んでいたが、
先を越されてしまった。
それを恨み、目の仇とするようになった。
まことに身勝手というよりない。

一方で、理解者も居た。
彼は、本を購入するばかりでなく、書評を伝え、選書へのアドバイスをくれたりした。
トラブルを知り、妨害者の元へ、抗議に乗り込んでくれたりもする。
しかし、運命は皮肉だ。
その良き理解者も、病により急死してしまう。

孤軍奮闘の甲斐なく、遂に力尽きたフローレンス。
店をたたみ、町を去ろうとする。
舟に乗り、海上から町を振り返ったその瞬間、彼女の目に飛び込んで来たのは、
もうもうと上がる煙であった。
紛れもない、書店のあった場所から、火が出ている。
彼女がかつて、アルバイトとして雇っていた、少女クリスティーンの仕業であった。
その煙は、本を愛さず、書店を冷嘲した、偏狭な町の人々への、復讐の狼火のように、
高く上がっていた。

「とても良い」
「いや、つまらない」
この映画評、褒貶が真っ二つに、分かれると思います。
本好きの人なら、主人公への、惻隠の情により、胸が詰まることでしょう。
書物に対し、格別の思いのない人には、もしかすると、退屈な映画かもしれません。
何で彼女は、不和を覚悟で、本屋に固執しなければならないのかと。
私は、もちろん前者です。

主演のエミリー・モーティマーがいいです。
憂いを湛えた、その顔に、小さな喜びが浮かぶ。
その瞬間が美しいです。
彼女は、決して能弁ではありませんが、その顔は、多くのことを語っています。
但し、ぼんやり眺めていれば、それは、見過ごしてしまうかもしれません。
さながら、暗喩の多い小説を読むようにです。
クィーンズイングリッシュと言うのでしょう、彼女の英語の発音がとてもキレイです。
英語のわからない私が言うのも、変な話なのですが、聞いていて、とても快いです。
他国の言語に、風韻を感じる機会は、そう多くありません。

本好き、書店好きの方は、どうぞご覧ください。
この映画、商業ベースには乗らないでしょうが、私は名作だと思っております。
本なんか、おら読まないよーと言う方は、入場料が無駄になります。
お止めになっておいた方が、よろしいでしょう。

以下は余談です。
昨今Amazonで本を購入する人が、多いと聞きます。
書店に足を運ばなくてもいい。
居ながらにして、簡単に購入出来る。
などが理由のようです。

私は利用しません。
理由は一つ。
町の本屋を、潰してはならない……からです。

「本屋のない町」
それは私にとって、いくら繁華であっても、緑のない砂漠と同じ。
実りなき荒蕪地と同じ。
フローレンスを排斥した、町の人々が、後に、失ったものの大きさを、
慙愧と共に、噛みしめたであろうことを、推測し、わずかに慰めとする私は、
もしかすると、本を愛する以上に、本屋を愛しているのかもしれません。

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コメント

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シシーマニアさん

私は、近頃本屋へ足を運ばなくなりました。
目的の本は、Amazonで買う、というのが習慣化されてしまいました。

本屋は、元々好きな場所です。
高校生くらいまでは軽いお財布を持って、どの本に決めようか、と長い時間、居座っていました。
今でも、本屋さんに行くと、長い時間あれやこれやと、眺めてしまいます。
その結果、少女時代へのリベンジかの様に、買い過ぎてしまうことさえもあります。
至福の時間を過ごす場所である事は、今も変わりません。

でも、遠いのです、我が家から・・。


シニアにとって、クリックだけで翌日配達される、アマゾンの利便性には逆らえませんね。

2019/04/02 11:51:32

シシーマニアさん

追記

でも、その映画は見てみたいと思います。

2019/04/02 11:52:59

パトラッシュさん

シシーマニアさん、
近くに書店がないとあっては、仕方ないですね。
読みたいと思った時が、旬です。
そのうちに……と考えているうちに、その気が失せたりして……

書店のある町においでになった際、心行くまで、店内を巡って下さい。
へぇ……と思われる本が、きっと何冊かあるはずですから。

映画、是非ご覧になって下さい。
主人公フローレンスの一途さは、ピアノに向かう時の、貴女のそれに、一脈通じるところもあると思います。

ただ、惜しむらくは、上映館が限られています。
それが、お近くにあれば、よろしいのですが……

2019/04/02 18:36:21


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