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坊っちゃん
2024年03月14日
テーマ:エッセイ
初めて読んだ「小説」は、夏目漱石の『坊っちゃん』だった。中学校一年のときだった。小学校六年までは、漫画ばかりを読んでいた。
ぼくの家は子沢山の家庭で、まわりの家もそうだったが、貧しかった。クラスの、お金持ちの高橋君と仲がよかった。高橋君の誕生会に招かれたことがあった。お手伝いさんがいる家で、高橋君はお手伝いさんに「坊ちゃん」と呼ばれていた。
ここでぼくは、生まれてはじめてチーズを口にした。高橋君にすすめられたとき、手にとって「これ石鹸?」といって、お手伝いさんに笑われた。口にすると、形容のしようのない「外国」の味がした。
中学校に入ると、同じクラスのバレイ教室を開いている啓子ちゃんの家によく遊びに行った。大きな鏡のあるレッスン場の床に座って、お尻が痛くなるまで話し込んでいた。甘酸っぱい時間だった。
あるとき、レッスン場で、たしか「キャプテン翼」の連載がはじまった『少年ジャンプ』を読みながら啓子ちゃんを待っていた。しばらくして、啓子ちゃんはぼくの隣に座って、持ってきた本を広げた。
その本は、ぼくにとっては「大人」の「文字だけの本」だった。ぼくは急いで「ジャンプ」を閉じた。そのときから、ぼくは、「文字だけの」本を読むことにした。
父はエンジニアだったが本好きで、父の書棚に春陽堂の『坊ちゃん』があった。痛快青春活劇の気分で読んでいたが、あるとき、父に「こういう本が好きなのか」と聞かれた。ぼくは、本の解説に「風刺文学」の文字を目にしていたので、「風刺文学が好きです」とこたえた。父は何もこたえなかったが、図書館で調べると、中学生では理解できない難しいことが書かれていた。エラそうに、風刺の意もわからず、「風刺文学が好き」といったことを恥じた。
読み終えて父に本を返すと、父に「面白かったか」と聞かれた。ぼくは、「風刺文学発言」を恥じていたので、言葉を探した。
「ぼくは、『坊ちゃん』になりたいです」
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