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たかが一人、されど一人

もの知らず 

2023年07月27日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

 世の中には驚くほど多くのことを知っている人がいるが、どうして自分はこんなに物事を知らずに過ごしてきてしまったのかと、これ又驚くことが多い。外見的には似ていても、知識人の脳と我が脳には知識を溜める構造に大きな違いがあるように思う。昨日も書いたが、人生もここまで来ると、そんなことを含め何も不自由は感じない。むしろ知らぬが仏と感謝してもいいくらいだ。昨日月刊文春8月号で佐藤優氏が書いた文章を読んで感心したことがある。氏は多くの雑誌に連載を持ってるが、その雑誌の読者を想定してそれぞれテーマを選び書き分けているらしい。当に「へ〜」だ。このブログは読者に誰を想定して書いているかなんて考えたこともなかった。しかし文章を綴る以上は読者を想定したほうが良いだろう。小生はどうも日記と同じで、自分自身が納得できれば良いとしてるように思う。兎に角人並み外れて忘れっぽい性格だ。それでも記憶を呼び戻したい時がある。そんな時にはブログは極めて役に立つ。例えば、少し飛躍するが、先日の直木賞受賞作の発表で紹介された作品に関する違和感。タイトルが「極楽征夷大将軍」、足利尊氏のことを悪し様に書いた本らしい。尊氏については何となく親しみを感じているので、見立てに大分違いがあるなと感じた次第。何百年も前の人だからその事自体は特に問題視する程のことではないし、尊氏のファンという訳でもない。彼が京都に天龍寺を措いたことと、天龍寺が曹洞宗の寺であることに何となく親しみを感じていただけだ。確かに尊氏は昔から悪人とされている。明治37年に発表された唱歌にさえ楠木正成が息子の正行に「前略:己れ討死為さんには 世は尊氏の儘(まま)ならん:後略」と諭しているくらいだ。我がブログでも尊氏に関して書いている回数は既に6回。いずれも楠木正成が善人で、足利尊氏は悪人と断じられていることに少し不満げに書かれている。昔からへそ曲がりが治らないようだが、室町時代や鎌倉時代のことを今更言っても仕方ないかもしれぬ。しかし戦いに際して一方を善、もう一方を悪と簡単に片付けるのは歴史的に言えば難しいことだろうと思う。

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