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たかが一人、されど一人

非科学的発想 

2023年03月19日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

 連日下手な文章を書いて友人知人は勿論、会ったことのない人にまで自分の考えを伝えられ、尚コメントまで受け取ることが出来るのは、科学進歩の賜と言える。依って科学の進歩には感謝すべきだが、これがどこまで発展していくのか、不思議な感覚も覚える。この年齢まで長生きできたのも、科学の進歩に依るところが大きいと認めざるをえないだろう。正に科学万能にも感じる現代だが、科学に頼る生活が人間から何かを失わせている可能性も否定できないような気がする。それは多分に精神的な問題で、他人のことを思う心であり、これが大きく言えば環境問題にも繋がるのではと思ったりする。自分が都合の良いことは他人には不都合であることは多い。かつて人が歩く道で車を引く人は人に遠慮しながら行き交ったはずだが、今は人が車に遠慮しなければならない。たまたま昨夜の同期生との懇談会で環境問題が話題になった。一人の友人が言うには、世界中が炭酸ガス問題で騒いでいるが、地下に眠るメタンガスが吹き出すようになればあっという間に地球滅亡になりかねないそうだ。しかしそれを止める術は科学の力では及ばぬかも知れぬ。笑い話のようなことで話が飛躍したが、科学であっても万能薬にはなり得ないと言いたいだけ。昨夜も話の脈絡は忘れたが、確か5人の間で個人の宗教がテーマになった。海外在留経験が一番長い友人が「お経も聖書も読んで知ってはいるが、西欧人からバカにされても俺は無宗教だ。」他の1人も実家の寺とは疎遠になったので、戒名無しで何処かの霊園に葬られるつもり。寺とまともに付き合ってるのは小生ともう一人だけだった。小生はお経も知らぬが、親の代から曹洞宗の寺の檀家であるので、それを引き継ぐつもりの仏教徒と宣言した。確かに神社に行ってお参りもするいい加減な仏教徒ではあるが、科学万能を信じないで、何かに縋りたい気持ちがあるからだろう。やっぱり歳のせいかな?

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