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「死刑にいたる病」、人の奥底を覗いても何者かわからない 

2023年01月07日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し


このタイミングでは、なんだか間抜けな感じですが、遅ればせながら明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。「死刑に至る病」 2022年制作 日本さて、今年レンタルして見た最初のDVDは白石和彌(しらいし かずや)監督の「死刑にいたる病」。白石和彌監督の名前を忘れられなくなったのは、2013年制作の「凶悪」を見た時から。その映画を見た時に気持が踊った。実在のモデルがある犯罪映画で、これだけのレベルの作品を作れる監督が日本にも居たという事に。また2016年制作の「日本で一番悪い奴ら」という映画は、警察がヤクザと手を組んで拳銃密輸に精を出していたという実際の事件を映画化したもので、こちらもとても面白かった。その面白さにつられて本も買って読んのだが、本の方はそれほどでもなくて、映画のほうが心に響くものがあった。そんなわけでお気に入りの白石監督の作品ということで、上映中に見過ごしてしまった「死刑に至る病」を見た。但しこちらは、櫛木理宇(くしき りう)の小説の映画化で、連続殺人犯に刑務所での面会に手紙で呼び出された大学生が、一件の冤罪の証明を頼まれ、事件に巻き込まれていくことが描かれている。まずは、連続殺人犯を演じている阿部サダヲがどこか気持ち悪い。阿部サダヲは、連続殺人の榛村(しんむら)を演じている。榛村は、自分の好みの年齢である十代後半の少年少女に、徐々に近づいて監禁に至り拷問し、耐えがたい苦痛を与えて死に至らしめるサイコパスな男。だから、阿部サダヲはその気持ち悪さを充分に感じさせたところで、成功している事になる。榛村がパン屋をやっていたときの、人当たりのいい接客の様子を演じた阿部サダヲ。彼は反面、いつまでも童顔のどこをみているかわからないような視線の奥で、なにを考えているのか見ている人に不安を感じさせる実に効果的な表情ができる人だ。特に若い頃を演じた彼の、奇妙な若返りの様が変すぎて怖い。うまい役者なのだろうけど、何度も見たいと思う役者ではない。連続殺人犯・榛村がパン屋をやっていた頃に、父親からDVを受けていた中学生の雅也は、そのパン屋でよく榛村に話しかけられていた。大学生になった雅也(水上恒司)に突然、刑務所にいる榛村から手紙がくる。会って伝えたいことがあるという。彼は24件の殺人容疑によって逮捕されたが、そのうち警察が立件できたのは9件のみだった。榛村曰く「9番目の殺人はぼくがやったわけではない。殺し方もまるで違う。君に調べて欲しい」ここの部分は、物語がどのように展開していくのか気になるポイントなので、作家・櫛木理宇はうまいなぁと思った。またその青年の孤独な学生生活がこちらにも伝わってきて、安倍サラダと同様に雅也を演じた水上恒司からも目が離せなくなってくる。雅也に興味を持ち、徐々に接近してくる女性・加納灯里(宮崎優)の関わり方も気になってくる。但し若干、気になった部分はある。『いくら近所のパン屋で知り合いだろうが、連続殺人犯になった男から手紙が来て、面会に行っただけでそんなに学生が事件にのめり込んで調査に入るものだろうか?』弁護士も大学生の雅也に会う事で特になんのメリットにもならないのに、『事件に関係する資料をあっさり見せてくれたりするものだろうか?』という疑問は残る。映画に描かれなかった詳細を知る意味でも原作の本を読みたいと思った。白石監督は、映画で犯罪に関わる人間を描いてきた。では、監督にとって、映画でのこだわりとは何なのか。インタビューで以下このように語っていて、「死刑にいたる病」の創作の動機を知る一つの参考になった。「結局、人の奥底を覗いても、その人が何者か、どういう人間かというのは単純にはわからない。それはすごく気をつけているといいますか、そうしたことを踏まえた人物造形にどのキャラクターもなってほしいというのはあります。今回の榛村大和もそうですが、いろいろ調べてわかったような気になっても実はわからないのが人間で、そこが愛おしくなる部分でもあり恐ろしくなる部分でもあるわけです。その部分をどうやって映画の中で抽出するかということはすごく考えています。」 参照:白石和彌監督が語る 『死刑にいたる病』で描いた人間の奥底をのぞいても分からない闇 

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