メニュー

最新の記事

一覧を見る>>

テーマ

カレンダー

月別

平成の虚無僧一路の日記

尺八上達法 

2011年09月21日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



「邦楽ジャーナル」から照会があったので、わが師「堀井
小二朗」の『尺八試論』と随筆集『私の言い分』を読み返して
みた。もう4?50年も前のものだが、今読んでも通じる話が多い。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

尺八を志すには、二つの才能が必要。勿論第一は「音楽的才能」。
第二は「練習の才能」。

「音感が悪い、リズム音痴」では音大は受からない。その音大には
受からない“落第生”が、尺八を習いにくる。音痴を治す医者は
居ない。医者も治せないのを、あの手この手、治してあげるのが
師匠の役目。90% は治る。

それには「練習の才能」だが、これまた「習い下手」「練習下手」が
多い。「大事なことを聞いていない、聞こうとしない」。要は
気持ちの問題。音楽は「人間形成」に大きく役立つもの。耳を
傾ける集中力が大事。

練習は「三千回練習」の気構え。長い曲でも、難しい手、吹け
ないところは 数秒のフレーズだ。その できないフレーズだけを
100回吹いても せいぜい10分で済む。毎日10分、10日で1,000回。
1ヶ月で 3,000回。

ものごとを、いい加減で片付けて 気にしない。“コン(根)”が
無い。そんな“駄目な人”は 世の中には殆ど存在しないはずで
ある。これは「音楽的才能」とは別のものだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

つまり、だれでも「三千回練習」すればプロになれると、プラス
志向なのだ。ネプチユーン・海山氏も、「ひとつのフレーズを
500回ずつ練習した。才能より、99% 努力ネ」と、言っていた。

さて。

>>元の記事・続きはこちら(外部のサイトに移動します)





この記事はナビトモではコメントを受け付けておりません

PR





掲載されている画像

    もっと見る

上部へ