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ニャンコ座リポート
わかることの意味 (5/25)
2021年05月25日
テーマ:テーマ無し
新型コロナウィルスの猛威に対し、私の価値観でやれる努力をし、みんなが早く自由な日々に戻れるよう、願っています。
Facebookのミュージカルが大好きな人たちが集まるグループに、情報を得るために参加させてもらっていますが、この緊急事態宣言下にもかかわらず、「行きます」とか「観てきました」の書き込みの多い事。中止になった公演もたくさんあるのに、それ以上にやっているのが多いことに驚かされます。そして、その熱気たるや、もちろん書いている人たちの心の中までは見えませんが。
その書き込みの中に、観に行くことへの後ろめたさについて、を見つけました。私が感じるあれです。でもその人は、よくよく考えて行くことにしたのなら、罪悪感は間違っているとという考えに至ったそうです。なぜなら、答えは簡単。自分が後ろめたさを感じると言うことは、人の行動に対してもそう思っているから、それはおかしい。
もちろん、マスクしないとか、大声で話すとかはまちがっていますが、ある公演にやれることはやった上で行くことは、何も悪いことではないのです。個々人の事情で、行かない決心をすることも正しい。
もう1つ、わかったことがありました。「モーツァルト?」でも「歌の架け橋」でも、カテコの最後はスタンディングオベーションになりました。それは、大変な中公演をやってくれたことへの感謝や、来ることができた自分への激励やら、様々な感情から起こる、当然の行動なのですが、車いすの方が、立たれると見えなくて、とても悲しい想いをしていることを書いていたのです。
そうだ、見えないよね。私もけっこう前の人に「かっこつけて、立つなよ〜」と念を送ることがあります。スタオベ位ならば良いですが、コンサート中から立ちっぱなす人がいると、大迷惑なんです、あれ。でも迷惑でも、自分も立てば良いだけのことなのですが、立てない人がいることを忘れていました。知らなくて、ごめんなさい。
合唱の練習でも、立って歌いたいことは良くあります。何かのセミナーの時、若者が講師に「立って良いですか」と聞いたら、講師は「後ろの人が見えなくなります」とピシッと言ってくれました。若者は納得して、最後列に移動して立って歌ったと記憶しています。
大好きな事だもの、みんなが気づいて、良い方法を考えることができるはずです。気づきましょう。
昨夜、スマホFacebookが、日本語版エラー中とかで、「いいね」がLikeが「コメントする」がComment、「シェア」がShareになっていました。そうか「いいね」は「好き」という意味だったのか。
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