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兵庫県南部の島

歴史学と考古学 

2020年02月01日 ナビトモブログ記事
テーマ:テーマ無し

今日は「日本遺産の淡路島」のことで講演会があった。期待していたから出席したが、県立考古博の館長と県立歴史博の方がお話しされた。

考古博の方の説明を私は理解できても、歴史博の記紀や古代から残っている古文書からの説明は理解できなかった。
いまだに神武天皇なんかの話をされても、その実存は疑問をもたれて久しい。太古から日本で活躍していた海人と言う人たちについても、当時の大王とか天皇とかの関係が今一つ理解できないのだ。

考古学では「充分、考えられる」と言う発言をされるなら、ほかの地域とかからの発掘遺物との関係から説明されねばならないが、歴史学では事実を表すものが文章や他の研究者の意見である場合が多い。これが古代の内容になると、古文書より人間の思考の方が多くなったりする。

淡路の宮で反正天皇が生まれたとよく言われるが、淡路島のどこに淡路の宮があったのか、埋蔵文化財の担当者もいまだに発見できていない。大和や河内の首都の天皇が「ど田舎の淡路島」の真っ黒けの粗末な衣装を着た女性と結婚して「淡路の宮」で子孫を産むようなことがあるのだろうか。

来年もこの講演会があるが、それまでにもいろいろ学習しておこうと思った。



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