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人生後半の問題(5) 

2019年07月23日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



慈悲の意味



五木寛之氏への問
 ☆同世代の知人が大きな病気をして、苦しんでいます
 ☆自分が力になってあげたいと思います
 ☆苦しむ知人に、どんな言葉をかけたり、手を差し伸べれば
ともに泣き、ともに悲しむ
 ☆人の苦しみや痛みは、その人だけのもの
 ☆他人が同情したり、慰めたりしても軽くなることはない
 ☆他人に対し、何かをしてあげることができると安易に思ってはいけない
 ☆そう思い込むことは、傲慢・偽善ではないかとさえ考える
 ☆人生には、頑張ってもどうしょうもない局面がある
 *人の力が及ばない局面がある
 *まわりもそのことを受け入れるしかありません
 ☆それでも相手のために何かをしてあげたいと願うのであれば
 *慈悲の「悲」しか残されていない
慈悲とは、仏教の教えの中核をなすもの
 ☆「慈」フレンドシップという言葉に近く、励ましのニュアンスもあります
 ☆「悲」相手のため、何かをしてあげたいが、何もできない自分の無力に
 *ため息をついて嘆き悲しむこと
 *その人の怒り・悲しみ・苦しみが自分に伝わるのをただ受け止める
 ☆世の中には、「慈」と「悲」の両方が必要です
 *「慈」の行いが、誰かの力になる場面もあります
 *何をしようとも、相手の力になれないときもある
 (「悲」の行い、苦しんでいる人ともに悲しみ、涙することだけ)
 ☆「慈」が励ましならば、「悲」は慰めといえます
 *相手から、邪魔・うるさいと言われれば、去るしかない「悲」は無力
 *人間には励ましだけではなく、慰めが必要なときもあります

自分の体と向き合う



五木寛之氏への問
 ☆健康に関する本や情報があふれています
 ☆健康に生きるために、いったい何を基準にすればいいのでしょうか
体が発する声を聞き、養生を心がける
 ☆現代社会においては「健康という病」が蔓延していると考えています
 ☆テレビをつければいくつもの健康番組が放送され、書店に行けば膨大な数の健
 ☆そうした健康情報が、往々にして真逆のことを言っている点です
 ☆現代社会での苦しみの原因3K
 *「経済(金)」「孤独」「健康」
 ☆健康であろうとすることは本来苦しみを離れること
 ☆いまはむしろ苦しみや不安を引き起こす原因となっている
健康法はあてにならない
 ☆人はそもそも、老いや死を抱えた存在として、この世に生まれてきます
 ☆十全の健康なんていうものはあり得ない
 ☆80代以上の方のほとんど程度の差こそあれ、認知症にならぎるを得ません
 ☆仏教では人間の根本的な苦しみ
 *「四苦(生・老・病・死)」と言っています
 *超高齢社会では、死の前に「痴」(認知症)の苦しみがある
 *多少の病は「しょうがない」と受け入れるべきです
 ☆人間は生まれた日から老いていく
 *そんな体を、少しでもよいコンディションで保つ
 *故障しないようにあれこれ工夫することが、養生ではないでしょうか
自分なりの養生の見つけ方
 ☆体が発する信号(「身体語」)を正しく受け止めることです
 *「腹が減った」「喉が渇いた」「疲れた」「肌寒い」など
 *体は常にいろいろな声で語りかけてきます
 ☆体が発する声を聞いたら、それを治めるためにいろいろ試してみる
 *万人に適合する方法はありません
 *あまり本気になって期待しすぎず
 *趣味や道楽のつもりで楽しみながらやっていくことも大切
 *努力は必ずしも報われない
 *やったからといって、目に見える成果が出るとはかぎらない
 *それでもいいやと気軽にやるのが、養生のモットー
 ☆外部からの情報、常識や予備知識などは無視する
 *自分の体からの声だけを信じる
 *少しでも痛みや不快感が治まるような工夫をしていく
 ☆試行錯誤を重ねていくと、自分なりの養生法が見つかっていくのでは
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
出典内容の知識共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介しました
 ☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します
私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
詳細は、出典記事・番組・画像で確認ください
出典、『元気に下山』画像:『元気に下山』記事より画像引用)

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