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シニアの放課後
<シオトリの唄>H〜最終回〜
2018年10月17日
テーマ:小編物語<シオトリの唄>
女の子の叫びにつられて、やった〜、わたしも〜、とつぎつぎ子供たちの声、ばんざ〜いをした男の子もいた。
四月の日曜日、さわやかに空の空まで青く晴れていた。
浜辺にある『大森ふるさと館』の建物に『五十b!ジャンボ海苔巻きを作ろう!』という横断幕があった。
「まだまだですよ〜」
参加者の子供、大人たちのざわめきを抑えるように、ハンドマイクを通して女性の声が聞こえてきた。
「みなさ〜ん、安心するのは、まだ早いで〜す。なが〜いなが〜い海苔巻きを全員で持ち上げるんです。切れないようにですよ〜。これからが本番で〜す。がんばって〜」
椅子の上からジャンボ海苔巻きを作る指示をしていた女性は、あっちにこっちにと参加者へ、幼い子供に呼びかけるようにちょっと力みがちながらも、一言一言区切りジェスチャーを交えながら呼びかけていた。
五十bの完成した海苔巻きを、子供も大人も参加者全員で手のひらで支え、子供の顔のところまで持ち上げてから、十数えよう、ということだった。
「いいですか、楽にしてね、楽にね。こうやってね」
女性は、腕を回してから力を抜けというかのように分かりやすく肩をわざと下げた。
「皆さん全員、心をひとつに合わせて。では、行くぞぉ〜」
女性の掛け声につられ、子供たちの、お〜という返事に、がんばれ、がんばれ、という声が聞こえてきた。
「行きたいところがあるんだが…」
海からの快い潮風を受けながら海苔巻き作りを見ていた幹夫は、車椅子の誠三の背中にゆっくりと話しかけた。
「ところで、昔の缶詰、憶えてる?」
「うん? 缶詰…」
誠三は、車椅子の背を押す幹夫を振り返るようにしてから、思い出そうとしていた。
「中山さんに任せたが、ひとつは家の庭、諏訪の実家に一個、それから夏夫と弘子と、いや、弘子だけ。あとは…」
幹夫は、自分が付けた三枚の海苔と茶箪笥からお茶の缶を探して、卓袱台の少し大きい缶一個も鞄に入れて、中山のおじさんを訪ねたのだった。
卒業記念樹に銀杏の木を植え、思い出の箱を埋めるという話をしてから、三枚の海苔を乾燥してお茶缶に入れたいとお願いしたのだった。
「楽しそうだね。それなら、お父さんが作った缶も入れたら」
ちょっと、ドキッとして、うん、と返事をしたが、缶を持ってることは黙っていた。
なぜ中山さんに頼んだのか、誠三に頼めば喜んでしてくれることはわかっていたが、一人の秘密にしておきたいような気がした。幹夫は海に出たことで、大人になったような心と親離れをする気持ちが芽生えていたことなど分からなかった。
中山さんは、三枚の海苔を乾燥させ、きれいにしたお茶缶に入れて中ぶたを厳重に密封してから、学級新聞の、僕の夢、という題の切抜きも一緒に入れてくれた。宝石箱には一人一個ということだったが、銀杏の木の分だ、と幹夫は言い切った。幹夫の夢と誠三の夢を入れた。
中山は幹夫の話を聞いて、貴船神社の宮司秋原さんに、遊びで作った海苔の缶詰を、境内の片隅に埋めて残すことはできないか、二百年後、五百年後…、せめて百年以上は見つからないように、内緒でそんな記録も残せれば、とお願いをした。秋原さんは驚いたものの、笑顔を返した。
幹夫が誠三と一緒に最初で最後の海苔採りした日のその年、大森沖の海苔業の全面放棄による中止が決まった。
二年後の昭和三十九年東京オリンピックの年、貴船神社と諏訪神社に大森の海苔業終焉を記す『漁業納畢之碑』が建てられた。
中山のお願いは誠三も知らないままに、今はだれ一人知る人もなかった。
わぁ〜、わぁ〜と重なり合った歓声と拍手が聞こえてきた。
― シオトリの唄 了 ―
参考 大森海苔ふるさと館
参考文献 大森海苔資料(大田区教育委員会)
参考文献 大森漁業史(大森漁業史刊行会)
参考文献 大森史
参考文献 大田区立郷土博物館紀要(大田区立郷土博物館)
参考文献 海苔の歴史(宮下章著)
〜終〜
ありがとうございました〜〜〜
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