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シニアの放課後
<シオトリの唄>G
2018年10月16日
テーマ:小編物語<シオトリの唄>
男二「あさっては休みだから、がんばるぞ」
男三「そうだ、そうだ。休みには遊びに行って、お酒もたくさん飲むぞ」
舞台の上の出演者、黒子役も全員が笑った。
順子『男衆三人を紹介します。左から主人の田中さん、弟の田中さん、シオトリの田中さん、みんな田中さん、大森には田中さんが多いのです。三人目の田中さん、私たちの村中先生で〜す。拍手、拍手』
村中先生は目尻にしわ寄せた笑顔で、深くお辞儀をした。父兄から、半纏よく似合うよ、一緒に遊びに行こう、お酒たくさん飲んで、と声がかかった。
女一「さあ、海苔干しの準備をしましょう」
順子『女衆は、海苔を天日干しするために、障子のような枠に海苔簀を掛け始めました』
舞台右から、おじいちゃんと男の子と女の子が現われ手伝い始めた。
順子『大森の海苔は、家族みんなで作っています』
柱時計が、生徒の手で速く進められて五時を示した。
男一「海苔作り終わったぞ。さあ、海に出発だ〜」
順子『海苔付けが終わりました。まだ外は真っ暗です。男衆は、日の出に海苔採りを始めるように、今から海へ出発します』
柱時計が進み、舞台全体がだんだんと明るくなってきました。
順子『天日干しに時間がかかりました。海苔を全部外に干した後、女衆がお日様の方向、海の方に向かって手を合わせます』
女衆「ありがとうございます」
順子『女衆は、手を合わせ感謝してます。海苔採りの人たちの無事を願ってお祈りします』
舞台左の方から、お日様が上るつれ幕は閉まりだした。
幹夫『第二幕、海苔干し場、です』
舞台左側に、縦六枚、横三枚の黒い海苔の絵を描いた干し枠がたくさん立っていた。もんぺ姿のホシッカエシの女衆が海苔の乾き具合を見ながら話していた。右は学校らしく、生徒たち体育授業の声がスピーカーを通して聞こえた。
女一「いいお天気でよかった。おいしい海苔ができるね」
女二「風も丁度いいあんばいね。もうすぐ男衆も戻ってくる」
順子『たくさんの海苔が天日干ししてあります。海苔干しに少しの風はいいそうですが、風が強いと海苔が飛んでしまうこともあるそうです。どうやら無事に海苔干しも終わりそうです』
突然、舞台の上から、水しぶきが落ちてきた。
女衆「あれ! 雨だ、はやく、片付け…」
順子『にわか雨。女衆が、海苔枠を運び始めました。あ! 小学校の方から生徒たちがやってきました』
生徒「早く、みんな、早くしろ」
生徒たちは声を掛け合いながら、海苔枠を運びます。海苔が勝手に、一枚二枚…逃げて、海苔のお面をつけた生徒たちでした。
順子『雨は止みました。生徒たちの応援もあって、ひと安心です。大森では、みんなが海苔の大切さを知っています』
順子はほっとしてため息をついて、わかりやすく大きく肩を下げると、幕が閉じた。
幹夫『第3幕、海苔採り。です』
舞台は、海の上。紙製のべか舟の一人のシオトリが海苔採りをしていた。黒子に支えられて左前に一艘、右奥のほうに一艘。ピチャ、ピチャという波の音がするだけで、静かな作業が続いていた。
順子『二人の男衆が海苔採りをしています。大森の海では、毎日何千人もの人たちが海苔採りをしていますが、もっともっと離れていて、お話なんかはできません』
男一「ああ、冷たい冷たい」
順子『男の人が、舟縁に手を叩きつけています。わかりますよね。寒くって冷たくって、感覚がなくなってしまうそうです。私はまだ経験がありません。本当に冷たいそうです。でも田中さんは、いえ大森の海苔屋のみなさん、海苔がたくさん取れれば、海の辛いことはみんな忘れられる、と言ってました』
スピーカーから急に強い風の吹く音が聞こえて来た。
田中「あれ! 風、北風だな」
順子『田中さんが空を見上げました。遠くの男の人も、何か言っているようですが、聞こえません。だんだん、風が強くなってきました』
黒子の生徒数人が、波の絵を大きく揺らし、べか舟も揺らし始めた。
順子『風は強くなったり、弱くなったりしています。田中さんが男の人に、なにやら叫んでいますが、聞こえるはずありません』
スピーカーから突然突風の音がして、舞台では高い波が押し寄せ、二人とも舟から落ちそうです。
順子『あ、二人、落ちゃった。大変!』
舞台が暗くなって、幕は、すばやく閉じられた。
スピーカーを通して、おーい、おーいと呼び合う男たちの声が聞こえてきた。
順子『みなさん、二人とも大丈夫でした。他にも落ちた人がいたそうですが、みなさん無事だったそうです』
講堂にいる全員から、特に後ろの父兄の方から大きな拍手が沸き起こった。
順子『戦争前のことと聞いています。昭和十六年一月二十日夕方海苔取りも終わった頃、竜巻雲が発生して突風が、大森の海は一晩中荒れたそうです。べか舟の救助もできず羽田、大森で四十六人の方が遭難にあうという事故がありました。私たちのクラスの友達のおじいちゃんが亡くなりました。隣の幹夫君のお父さんは大丈夫だったそうです。小さなべか舟での海苔採り、一枚の海苔を作ることの大変なことを私たちは学びました。いつまでも、おいしい大森の海苔が食べられることをお祈りしています』
九ちゃんの、上を向いて歩こう、口笛がスピーカーから聞こえだした。
幹夫『みなさ〜ん、大きな海苔巻きを作りま〜す』
幹夫の内容に、講堂内、なんだ、なんだと、ざわつき、賑やかになり、おさまらないままだった。
順子『みなさん、静かに、静かにしてください。えーい、静かにしてちょうだいよ〜』
順子の怒鳴り声に、講堂内がやっと静かになった。
順子『ありがとうございます。村中先生は、私たちが初めての生徒でした。家が遠くて、よく宿直されていました。それで内緒ですよ。先生の宿直の夜、私たちは代わりばんこに押しかけて、宿直室で泊まったことがあるのです。楽しい思い出です。ところが、みんなが海苔巻を持ってきたそうです。私も自分で作った海苔巻き持って行きました。みんな美味しかったそうですが、ほんとは、わかりません。村中先生は、大森で海苔採り、海苔付けも経験されました。今度は海苔巻を作りたい、とおっしゃいました。それで、私たちは…』
幹夫『みなさん、入場してくださ〜い〜』
幹夫の大声に、テーブル、クロス、長い巻き簀、バケツ等持って生徒たちが入場してきた。後から白い割烹着を着たお母さんたちがバケツ、容器等を手にして続いてきた。ちょっと恥ずかしそうにそれでも笑顔を見せながら、手を挙げて応えたお母さんもいた。
お母さんたちが現れると、講堂内の拍手と歓声がいっそう大きくなって、口笛も響き渡った。
舞台前にテーブルが一列に並べられ、二十二人の生徒とお母さん十人が並んだ。
順子『それでは、村中先生、校長先生、教頭先生、生徒の間に入ってください。みんなで二十五人、私たちは、十メートルの長い海苔巻きを作りま〜す。生徒だけでは作れませんから、お母さんたちに助けていただきます。全員、一同、礼〜』
順子『みなさん、お母さんの言うことよく聞いて。勝手に先走りしないでくださいね。ほら、田中君、聞いてますか…』
半纏姿の村中先生に注目が集まった。
順子『今日、私たちのために、お父さんたちが特別な物を作ってくれました。一bの巻き簀と一bの厚い破れない海苔です。さあ、見せてくださ〜い』
何人かの生徒たち、お母さんたちが、長い海苔と、巻き簀を頭上に拡げると、おっ!おっ!、すっげぇ〜、という声が聞こえた。
順子『今、お父さんたちは海苔採りの最中です。ありがとうございます』
幹夫と順子は、海の方に向かって礼をした。
順子『では、海苔巻き作りを始めます。長い巻き簀を真直ぐに並べてください。十二枚ありますから少し重ねてくださいね。本当は、十b以上になりますからね。お母さん方は、海苔の片側を少し水で湿らせてから、重ねるように。特別な海苔も十二枚。お母さんたち、優しくして教えてくださいね。自分勝手でせっかちな生徒がいますから、いや、自分勝手な大人もいますからね。誰だかわかりませんが、とここに書いてあります、あれ?…』
笑いが巻き起こった。
順子『今朝、お母さんたち、酢のご飯を十五`以上、だいたい十升以上だそうです。玉子焼き、きゅうり、かんぴょうも、たくさん準備してくださいました。さあ、お母さんたちから、丸いおにぎりの酢のご飯を一個づつ受け取って…』
生徒も先生も、お母さんたちの説明に頷きながら、海苔巻き作りを始めた。
順子『ぶっつけ本番なんです。みなさん、成功を祈っててくださいね〜』
九ちゃんの、上を向いて歩こうが流れる中、生徒父兄の見守る中、六年二組の特大海苔巻き作りは進んでいった。
**
「でっきた〜」
〜続く〜
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