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シニアの放課後
十牛訓ー24 <9−返本還源>D/5
2018年09月20日
テーマ:中村天風<十牛訓>
そこで
<おい 来るぞ来るぞ 西行 来たらギュッとやるからな>
その時の文覚という男は六尺豊かな男で 力が30人力あったっていうからね。まあ 私はあったことがないからわからないけど。
それでやがて 村から <ただいま西行法師 御着き>という知らせがきたので
<ようし だれも行くな 俺が行くから。生首下げてくるから待ってろ>
それで 足を踏みならして山から下りていった。弟子どもは手に冷や汗にぎりながら
<冗談じゃないよ。ふだん言ってることが こらまあ本物になるんだぜ おい。しょうがねえなあ。ええ? 寺から里へってことはあるけれど 寺同士でけんかしちゃったんじゃしょうがねえじゃねえか。坊主の首ひんぬいちゃ何にもならねえんだけども しょうがねえな。どうなるこったろう>と もう胸ドキドキで 弟子ども一同が<もう・・・・・>って言うてえと 麓の方から笑い声が聞こえて にこやかに人の話し声。何だろうと思って あい連なってみてみると 山門の方から西行と文覚が肩に手をのせながら にこにこ笑いながら入ってきた。
そこで弟子どもは
<そうすると これ 人目があるから ああいう仲よいふり見せて それから こっち来て 寺の本堂へ入ってからひねるかな>
やがて本堂へ入ってきて 自分の居間に案内してから さ もてなしだというんでごちそうを出して もう興つきることなくふたりで話してる。
弟子どもがうわさして
<おかしいね 殺しそうに見えねえけども>
<ああ 夜中だよ。やっぱり西行だって 文覚様だって もとは京の武士だからな。おまえ 魚を料理するようなわけにはいかねえだろうから やっぱり寝際をやるんじゃねえか>
弟子どもは寝ません。寝床をしつらえると たちまち西行と文覚のふたりは高いびき。これ一夜寝て あくる日 二人とも顔を洗ってるところを弟子どもが見て
<はてな ゆんべ殺さなかったようだね。不思議なこともあるもんだ。俺 一つ聞いてみるわ>
それでまあ 納所坊主の中の筆頭のやつが
<まだおやりにならないんですか>
<何を?>
<きのうおっしゃってたんじゃありませんか。西行法師の首をひねるって>
<ああ あれはやめた>
<おやめになったんですか>
<やめた>
<おやめになった動機は?>
<いやあ ありゃ俺より上だ>
人にめったに負けったってことを言わない文覚が <あれは俺より上だ>。
<何と仰せられる 上とは>
<いやなあ きのう山門からの通知があったんで 行って首ひねってやろうと思ってな そら行ったんだ。そしたらの あの例の猿めが山門のところに出てきよって俺を見て 相変わらずけつたたいたり ペッカンコする。『この―』と思ったんだけども 西行が前におるでな どうすることもできないでいると 西行がな
『あっちさ行け あっちさ行け』と言ったところ
猿めがな 西行のいうことを聞いてスーッと向こうへ行っちゃったよ。初めての猿とも出会いだのに 不思議なこともあるもんだと思ってるとな すぐ脇の木の枝に止まった小さな鳥がな スーッとおりてきて 西行の肩にのりうつった。西行もそれをはらおうともしない。
わしゃ負けた。どうにもできない猿めがな 一言で向こうに行っちまって おまけに鳥がなつかしそうに西行の肩にとまった。あ こりゃできてるわと思ったら 手も足もでんわ。それでこうやってまあ お連れして せめて少しでも教えを請おと思ってな 一晩かたりあかした>
といった話がある。
はた目から見たら 文覚のほうが非常に悟りきっちゃって那智の荒滝で身をうたせ 何かもうすっかりできてる坊主のように見えて 西行のほうは しょうがないから乞食坊主になって歌よんで歩いてたと見えたのが どっこい そら天と地の違いがあったという話がある。
十牛訓九 <返本還源> 終
十牛訓ー26 <10−返本還源>
〜続く〜
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