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平成の虚無僧一路の日記

武田、真田、保科の因縁 

2011年05月18日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



またまた「スポッツ」様から、詳細なコメントをいただいた。
そのまま掲載させていただきます。

「二代目お通との関係は私も分かりません。ただ遠山政助が
独立してない時代であり、正室とも磐城平藩に所属し、
なおかつ父忠興が真田幸道の後見人、屋敷は近所同士。
加えて兄、義概が八橋検校の名を付けた可能性がある程
入れ込んでいるくらい検校と深い。

義概,政亮の叔父に当たるのが保科正之ですが、正之義母は
真田信之の姉妹。正之の恩人は武田の姫達でその一人松姫は
遠山政亮の母.香具姫を助けてもいます。

その他にも武田や真田、保科との因縁じみた話しを知ると、
もっと親密ではなかったかと素人なりに感じてます。

大阪八橋流はもともと八橋直系ではなかったかと。
琉球箏曲は沖縄流に音階がアレンジされたと思いますが、
絹の弦でないと弾きづらい所に古流の流れがあるのかも
しれません。

とりあえず今、別件で長野に来てまして、博物館学芸員の方に
聞いたら『お家総動そのものがなかった』と言われorzでした。
まあ懲りずに調べてみます」。


す、す、すごい。まぁ世間は広い。いろいろ詳しく調べている
方がおられるものだ。ありがとうございます。

会津藩祖保科正之と、武田、真田、そして平藩の内藤氏との
関係については、私も詳しく知らなかった。内藤氏の一族は
会津藩の家老にもなっているのだ。

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