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<心に成功の炎を>73 

2018年06月30日 ナビトモブログ記事
テーマ:中村天風<心に成功の炎を>

 あなた方は 不思議なことを不思議と考えないで 不思議でないものを不思議と考えるおそれがあるんです。実際 こいうことを不思議だと思わないかい。
 まあ男の人で考えてみよう。男が5,6人の女の群れのところへ行ったとする。その中から 自分の好きな女と嫌いな女はすぐピーンとくるでしょう。それ どういう理由でこの人を好きになって この人は嫌いだと効かれると困るじゃねえか。どうもなんとなく好きだから この人が好きなんで なんとなくこの人は嫌いだから 嫌いだ。
 静かに考えてみると 人生は一切合財 人事といわず 世事といわず 何もかも終始一貫 この不可思議ななぞである心というものが働いた結果として生じる現象なんだ。
 現に ゲーテの詩の中にこういうのがありますね。<心こそ人類に与えられたもっとも遠くしてもっとも近い そしてさらにもっとも古くして またもっとも新しい 解くに解かれない 人間の頭を悩ます問題だ>と
 だから 世界が始まって 人間というものがこの世にできてから ずっと 人間が人間のもってる心を考えて考えきれない状態が おそらくは今後何万年も続くだろうと私は思ってる。古今往来 どれだけ多くの哲学者がその尊い脳漿(のうしょう)を絞って この問題にとっくんでいるかわからないんであります。

 私の幼少の時分にね 私の母が 半分は道楽趣味でしょうけれども 蚕を飼ったことがある。そして ご承知のとおり 四眠の後において チョウチョウになりますね。
 そのチョウチョウを お菓子の箱のふたにいくつも入れておくと 雄がチリチリッと羽をふるわせながら 雌を探して歩くんです。いっぱい雌がいるんだ。いるから 突きあたったものとすぐつがうかと思ったら つがわない。やっぱりあいつらにも好き嫌いがある。
 それでようやく雄が 好きな雌のチョウチョウを見つけだして 寄りそっていこうとすると 今度は女のほうが 好かない男だとしっぽを向こうに向けちまうんだ。人間とちっとも変わらない。これは心があるからです。心があるから 結局そういうことをやるんだろ。
 だから いわんやまして 幽玄微妙な万物の霊長たる人間には ひときわすぐれた心があるはずです。そのすぐれた不可思議な働きをもつものを科学的に説明するということは ありていの話が できっこないんだ。そのできっこないことを これからやろうとするんだ。
 私の考えたことだけをあなた方にご披露するだけなんだよ。私の言うことがすべてのすべてじゃないことは もちろんそれはご承知おきを願いたいんだけれども 私は私なりの今日の私を作った研究の内容だけをお話します。
 要するに 科学的にお互いのこの不思議な精神作用をお話しようとすると 今の世の中(昭和42年当時)にある精神科学だけでしか話せないんですよ。それより以上の科学はないんだもん。
 精神科学のほうは ただ精神作用の発生する条件ということだけしかわかってないんだ。条件はわかってるんだけれども 発生する結果の状態がわかってない。どうしてあの人を好きになるのか あの人は嫌いなんだという気持ちがどういうわけで頭の中ででるんだろうということはわかってない。
 いわんや かくのごとき不思議な心的作用が生まれながら人間に付与されていて そして その心の中に 意思の作用だとか 記憶の作用だとか まして 観念の力を積極的にすりゃ積極的な人生ができ 消極的にすりゃ消極的な人生ができるというのは一体そもそもどういうわけかというような 哲学では考えられる問題が 残念ながら科学ではまだまだできない。おそらく何万年もかかるでしょう。
 だから これから私が言うことも 結局は一つの仮定説であるんです。
 生物学者と生理学者は ただ目に見える解剖学的な結果から 心というものをある程度まで推察して言ってるだけなんです。
 科学的に心の作用を説明するとすれば まず人間の肉体にある神経系統が持っている生活機能というものを説明しなきゃわからないんですけれども これが砂利をかんでるようになっちまうんだよ。数学的知識のない人間に 幾何の講釈してるのと同じことになっちまう。だけど我慢して聞きなさい。

        *

 心の作用を行う神経系統について説明をすると 神経系統は 二色あるんだ。

―続くー



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