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シニアの放課後

<心に成功の炎を>71 

2018年06月28日 ナビトモブログ記事
テーマ:中村天風<心に成功の炎を>

 ずっとその後の話です。昭和の10年ごろ 京橋の明石町を歩いてますとね 急に向こうのほうから巡査が一人飛んできて <危ない 危ない>というんですよ。
 <危ない 危ない>といったって 明石町の河岸のところは 別に今のように自動車が頻繁な時代でもないし おかしいなと思っていたら ヒョイと前を見たら 五間ばかり向こうから黒い犬がよだれ垂らして 首振りながらやってきた。
 <ははあ 狂犬が来たので 巡査が危ない 危ないと言うんだな>。その犬から10間ばかり離れた後ろから巡査が叫んでるんですよ。往来歩いているのは私一人だ。もう間に合いやしない。五間ばかり向こうに来てるんだ。
 そのときに私は わきに電信柱があったよ。これはあなた方にわかるか わからないか知らないけれど ヒョイと観念を電信柱のほうに入れちゃったんだ。つまり 犬を考えなかった。ヒョイと電信柱のほうへ入れた。
 ずっと前にインドで修行してるときに 非常に大きな地震があった。そうしたら わきに座ってる先生がね<アリの穴に入るべし>といった。
 原始林の昼間でも暗いところでもって大地震に遭うとね 地球がつぶれちまうかと思うほどショックを感じる。たいていのことには驚かない私でも 気味が悪いわねえ。そうしたら わきに座ってる先生がね
 <アリの穴に入るべし。
 <えっ 無理なことを言う>と思ったけどね。アリの穴なんかに人間が入れるかと思った。アリの穴はどこにあるかと探してるうちに地震はやんじゃった。そうしたら にこっと先生が笑ってね
 <どうだい おっかなさがなくなったろう>
 <はあ>
 アリの穴探してる間に地震忘れてた。 
 その体験があったんで もう間に合わないから ヒョイと電信柱のほうに気を移しちゃった。そのうちに 私の足元のところをスーッと狂犬がすり寄るように体をこすって向こうへ行っちゃったよ。
 そうしたら巡査が飛んできて 
 <どうもないですか>というから
 <どうもないです>
 <ああ 驚いた>というから
 <あなた一人で驚いてるけど なんですか>と聞いたら
 <狂犬ですよ>
 <狂犬のようでしたなんて あんた あれ 恐ろしくないか>というから
 <狂犬もねえ 電信柱には食いつかねえでしょう>と こういったんです。そうしたら
 <君 しっかりしなさい>と警官がいうんだ。それからね
 <あのねえ 私は精神病患者じゃないの 君 僕を知らないの?>といったら
 <いや 知りません>
 <名前だけは知ってるだろうから 言って聞かせるね。中村天風というもんだ>
 <あ お名前はかねて聞いて知っております>
 <気が狂っているわけじゃないから心配するな。ただ 君が狂犬といったとき間に合わねえだろ もう。だから おれね 電信柱の中にヒョイと自分の魂入れちゃったよ>
 <へっ?>
 <わからないだろ。なら おれの話を聞きにおいで。そうするとわかるようになるから>
 そのときの巡査が 私の講演を聞いてから警視にまでなって しまいに八王子の産業組合の組合長になりましたが・・・。

 結局 小さいとき聞いたそういう話は いかなる場合があろうとも 人間はいざというとき 気分というものを絶対的に虚にして 気を平らにすりゃ 何にも恐ろしいことはないということだ。その講談から得た 知らないうちにできてる信念が 今日の私を作ってくれたんだ。こういうことを私は感じています。
 本当のことをいうと この世の中に恐ろしいことはない。本当に恐ろしいことはね。自分が知らない 感じなくなることだ。たとえば 広島の原子爆弾だ。死んじまうだろ。そうなれば 他人が恐ろしいことでも もう自分は何も感じない。あれは本当に恐ろしい。そのほかに何にも恐ろしくない。
 <ああ 恐ろしいな>と思ってるうちはまだ恐ろしくねえ。<ああ 恐ろしいなあ>と思ってるときは まだ自分は生きてるだろ。死んじゃあ恐ろしくも何ともねえ。本当に恐ろしいことは死んじまったときなんだ。生きてる以上はけっして本当に恐ろしいことはない。
 たとえば 痛いとか苦しいとかいうこともね。痛いと感じてる以上は痛かない。本当に痛いときは もう感じなくなっちゃう。だからその証拠には 首つられて くたばったやつが<痛い>といったことは聞いたことがないよ。
 だから私は どんなに痛いところがあっても 痛いといわない。痛いということを感じてる以上は痛かねえんだから 痛くない。ここがあなた方と私と話の合わないところだ ねえ。あなた方は 痛いものは痛い。それは痛いと感じる心が痛い。怪我は 怪我したときよりは 怪我をしたなって思ったときが痛い。わかるかい これ。

       *

 私が軍事探偵時代 支那(中国)でもって馬賊と斬り合っているときに ピストルの弾を一発 左のわき腹に受けたんだけれども 五時間 知らずにいたんだ。そんなことを考えるよりも 6人の敵を一人でもってとにか相手しているんですから 戦うほうに気をとられていますから そんなことはちっとも考えない。第一 ピストルが鳴ったのさえ気がつかなかったんだからね。

―続くー



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