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シニアの放課後
<心に成功の炎を>69
2018年06月26日
テーマ:中村天風<心に成功の炎を>
<近藤登乃助殿か さもなきゃ 水野十郎坐衛門殿か まさか大久保彦左衛門殿は入るまいがなあ>
<しかし おめしとあれば 嫌というわけにもいくまい。とにかく登城しよう>と大名も旗本も陸続として登城に及んだ。
吹上御苑に虎の檻が据えられている。綺羅星のごとく 大名 旗本を左右に従えて 家光が着座。しkし 旗本の連中 とくに暴れ者どもは落ちつかない。ヒョイとするとおれじゃねえか おまえかもしれないと なるべく将軍に目の届かないような 人の影に隠れているようにしているやつが多かった。
するとやがて 家光が
<今日の催しは 朝鮮国渡来の虎の檻の中に人間を入れる。さよう心得よ>
皮肉にも一座をずうっと見渡したんだから 見られるやつはみんな隠れるようにしてね。傍らに控えた野牛但馬守をふりかえった家光が
<但馬 そち 入るか>
もちろん嫌だと言ったら入れまいとは思ってる。ところが いやと言うかと思いのほかの但馬守は<はっ>恭しく一礼して悠然と立ちあがった。手早くたすき十字にあやなし 門弟に目配せをすると お城の道場から急いで持ってきたアカガシの木剣 それを右手に 虎の檻えと静々と近寄る。
見ていた大名と旗本 <なるほど やはり竹刀一本で禄一万石 どうでござる。五分のすきもござらんな。あれで虎の檻の中に入れば いかに虎といえども いかにどうすることもできもうすまい>
うわさをしあってるのを後ろに聞き流して 但馬守 虎の檻のわきに来る。番卒に<開けろ>というと 手早く開ける。ヒラリと中に入った。ピタリとつけた。
これは油断もすきもできないでしょう。何しろ相手が虎なんだからね。面籠手つけたやつを相手にするなら 但馬守 何人来たってびくともしない。おそらく但馬守としちゃ生まれてはじめての相手である。
アカガシの木剣を中段にジリリと構えたものの 一息つく間も気合も緩められない。とにかくこの虎は すきがあったら飛びかかろうと 牙をむいて つめを研いでいて ちょうど獲物に飛びかかろうとする姿勢の虎。それを中段に構えた木剣の陰に我が身をかばいながら ジリッ ジリリッと進むと 虎もこの剣勢に押されたか 但馬が一歩前に出ると 虎が一歩後へ引く。ジリッ ジリッと静かに追い詰めて とうとう虎が虎の檻の角に。
さあ 見ていた旗本と大名はやんやという拍手喝さいだ。
<さて えらいもんだなあ。 虎もあれだけの名人になると どうすることもできないとみえる>一同 感に堪えていると 将軍が
<但馬 もうよかろう。出ろ>
<はっ>
出ろっといったって そう急には出られませんよ。相変わらず体は崩されない。前と同じようにまた ジリッ ジリリッと 小刻みに体を後ろへ。ようやく虎の檻の戸のところに来ると <開けろ> 後ろを向かずに声をかける。番卒がつかさず戸を開けると ヒラリと外へ飛び出して ピタリと戸を閉めて ホッと一息つくと 但馬の全身は脂汗でぬぐわれたようになってる。それはそうでしょう。命がけの勝負だもん。
しかし 無事に出られて 面目を施して坐にもどる。
家光 皮肉な笑いを片頬に浮かべながら
<もう一人 入れる>また旗本のほうを見たんで また旗本の連中は隠れるように家光の視線をさけた。家光 さんざん皮肉に一座を見回しておいて
<さて この次はだれにしようかな>
わざと自分の後ろに控えている沢庵禅師のほうを一番最後に見て
<どうじゃな 禅師 御身ひとつ入ってみるかな>
きっと <愚僧はご辞退つかまつる>と言うだろうと思って言った。
そうしたら にっこり笑って スッと立ちあがった。フラフラッと歩き出した。片手に数珠をさげて 片手はふところ手。
見ていた旗本と大名が <これは大変なことになっちゃったよ 禅師 お断りすりゃいいのに。あれあれ 檻のほうへ行くぜ。じゃあ覚悟したんだ。寺から里へというたとえはあるがな 里から寺になりそうだ。坊さんに引導渡すことになったのかなあ。但馬守殿と違って すきだらけだがなあ あれ ええ? あれ 入るつもりなのかな 本当に。しかしまあ とにかく 断るならこの場で断るだろうが 断らずに歩み寄るとこを見ると 断らないつもりだな。え?悟りが開けてるから覚悟してる?ああ 食われるのをか。しかし 気の毒だ>
口さがなき人々のあれやこれやのうわさを聞き流して 虎の檻の戸のそばまで来た沢庵
<開けろ>
番卒が手早く開けると のっそりと中へ入ってきた。
ー続くー
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