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シニアの放課後

<心に成功の炎を>68 

2018年06月25日 ナビトモブログ記事
テーマ:中村天風<心に成功の炎を>

 踊りを見てると 必ず大杯を飲むときは フーッと一息吹いておいてから飲みます。あれで飲まないと あの泡でむせちまうんだって。泡がのどぼとけにひっかかりやがって 一息に飲めないらしい。
 そのとおり フッと吹きながら・・・ 目に見るようですな 目をほそくして トロンとくる何ともいえない匂いに 気も魂もそぞろに 口元へこうもってきて そのときに家光がヒョイと目配せすると これが示し合わせてあった。 それからそれへと合図が伝わったか 障子一重の庭ごしに 天地も裂けてしまうかと思うような ドーンという大砲の響きなんです。
 昔の大砲は今の大砲と違って ばかでかい音がした。なぜかというと 昔の大砲ってやつは 煙硝が花火と同じ元込めであります。あの太い筒を抱え そして口火に火をつけて 抱えたなり ドーンととにかくぶっ放す。昔の侍は クンバハカを教わらないから それで腹を練ろうとしたんですがね。とにかく 音がとてもひどかったらしい。戸障子が裂けたというぐらい。
 家光も人が悪い。好きなものに気をとられている沢庵を このでかい音でびっくらこませてやろうという下心。示し合わせて種火をつけたほうの家光や近習が飛び上がるくらい驚いているのに 沢庵 聞こえているのか 聞こえぬのか フーッと気持ちよく 息もつかずに一升五合飲んじまいやがった。
 気持ちよさそうに 大吐息をつきながら 懐紙を出して杯の口をゆっくりふいて
 <恐れながらご返杯を>
 当時 将軍に杯をもらって杯を返せたものは 御三家ならびに沢庵禅師一人。他のものはできない。賜るお杯はそのままにちょうだいしなきゃいけない。杯を返すことは断然できない。
 家光は 返された杯を手持ちぶさたな顔をして受けとった。おもしろくねえ。ドーンと音がしたら 杯ごとおっぽりだして 腰抜かすだろうと思ったのに 聞こえているのか 聞こえないのか 知らん顔して酒飲んじゃちゃったから 家光は拍子抜けしちゃったんだ。
 人を驚かして驚かないとき 洒落を言って通じないときぐらい ばかばかしいものはありません。一生懸命工夫して洒落言って むこうに通じなくて<さようなら>と別れて 道を二、三町もいったときにむこうが気がついたって 間にあわねえ。<ああ あれ 洒落だ>何にもならねえよ。
 家光 不興げに杯を受けて 小姓がなみなみと注ぐ。それを口元にもっていこうとしたときに沢庵<恐れながら ただいま愚僧 酒ちょうだいのみぎり 庭先にてなにやらけたたましき物音 あれは何事にござりましょうか> 遅いや 少し。
 そのときに家光がえらい人間ならば<いやあ 実はねえ おまえさんを試してみたんだ。しかし 驚くと思ったが驚かないよ。やっぱりあんたはできてる。えらい>こう言っちまえば何ともなかった。けれど あんまりえらくない家光だから<おれはおまえを試したよ>と言えなかったらしい。
 そこで ちょうど裁判のときの言いわけみたいなことを言っちゃたんだね。
 <ああ あの物音か。若侍が大砲のけいこと相見える>
 いくらなんぼなんだってね将軍の御座所のわきで若侍が大砲のけいこするかい。苦しい言い逃れです。
 それをべつに 苦しい言い逃れとも咎めはしない沢庵が<さようでございましたか>と こともなげに言う。
 それを聞き流して家光が グウッと一息に飲もうと 杯のわきへ口をもってきたとき 何を思ったか沢庵禅師 阿吽の呼吸をはかって<エイーッ>と一喝した。その瞬間 いえ光は杯をバカッと落っことした。
 手持ちぶさたな家光<何をなさる 禅師>と言った。怒らなくていいのにね てめえが落っことしたんだから。
 そうしたら 沢庵禅師がにっこり笑って<大砲は部門のならい 一喝は禅家のならい。ちとご修行を>といって そのまま帰っちゃった。
 そういう坊さんなんだから 本当にえらいんだか えらくねえんだか 家光にはわからない。そこへ虎が来たんだから 但馬守とついでに沢庵も入れてみようと思ったんだ。但馬守と違って 沢庵には武芸の心得がないんだから 檻の中に入れといったら きっと入らないに違いない。辞退をしたらば笑ってやろう。どこまでも敵討ちがしたいんだね。
 さあ 日を定めて 虎の檻の中に人を入れるから みな集まれと 二百余大名 旗本八万旗に触れが出た。今の時代と違って 何しろ戦国時代の余波を受けて 侍の気の荒いときです。
 <虎の檻の中に人が入るんだとよ>
 <だれが入るんだ>

―続くー



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