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シニアの放課後

<心に成功の炎を>51 

2018年06月05日 ナビトモブログ記事
テーマ:中村天風<心に成功の炎を>

 この人が うちの稽古も終えて ある日 晩酌で疲れを休めて 今まさに臥所へ入ろうと 夜の寝間着に着替えているときに 取次ぎの侍が一人
 <申し上げます>
 <なんじゃ>
 <ただいま お城勤めの茶道の宗匠 聚楽という者がまかりでまして たってお目通りを願いたい由 申しでました。ただいま 殿様 お休みのご用意だと申しましたのですが たとえふすま越しでもよろしゅうございますから 聚楽 一期の浮沈にかかわる一大事にでっくわしましたので かかる際 侍としていかなる心構えがいるかということの教えをいただきにまいりましたと申しますが いかように取りはからいましょう>
 <なに?城勤めの茶道の宗匠 聚楽とな? うんうん みどもはいっぺんも口をきいたことないがな。おりおり 後書院の廊下でももって姿は見受けている。坊主頭の侍じゃろう>
 <さようでござります。いかが取りはからいましょう>
 <一期の大事とな?>
 <何やら さように申しております>
 <寝間着で目通りしてさしつかえないというのなら連れてまいれ。ああ 斟酌無用じゃ。ふすま越しでなくてよろしい>
 そう言われた取次ぎの侍 わがことのように喜んで玄関に行き<ただいま殿様はかように仰せられた。さあござれ>と 手をひかんばかりにして連れてくる。
 寝間着姿でもって およよと脇息によりかかって
 <みどもが周作 近こう。かような尾籠(びろう)な姿で持って失礼いたす。何やら 取次ぎの聞き違いでもござろうか。おみにかかわる一期の浮沈とな?>
 <さようにござりまする>
 <仔細を語ってさしつかえなくば承ろう>
 <じつは今日 千石右京介殿のお頼みによりまして 茶器を本郷の前田様へお届けするようにと お使いを仰せ付けられまして 護持院原を近道と存じまして 通りましたのが手前の悪運でござりました>
 <ほほう あの原は宵の口から物騒と承ったが いかようなことじゃろうか>
 <護持院原のなかばごろまで参りますると 浪人体の屈強な若者が一人 行く手に大手を広げまして立ちふさがりました>
 <ははあ ありそうなことじゃ そこで?>
 <この若者 申しますのには 『近頃求めた新見の一刀 切れ味が試したい。さっきからここで人通りを待っていた。おりよく待っていた網にひっかかったそちは鴨だ。なおれ。たたっ切ってしまう』こう申します>
 <ハハハ 世の中にはずいぶん乱暴なやつもおるもんじゃのう>
 <そこで私 これは大変だと思いましたが 何はさて私も たとえ茶の宗匠であろうとも 両刀を帯します武士である以上 無下にそのまま打たれますことはいかにも口惜しく さりとて逃れるすべもございません。そこで 聞き入れられるか 入れられないか とにかくにも一応かように申しました。『ただいまごらんのとおり ここに持っておりますこの品物 千石様のお頼みで これから本郷の前田様へお届けにまいりますもの。あなたも お見受けすると お侍のようでございます。武士の心は相見互い たってと仰せられれば いやと申してもお切りなさりましょうなれど いかがでござりましょう。これを私 前田家に届けて もういっぺんここに参りますによって そのときに一つお切りあそばしてくださいませんか』と>
 <ほほう いかようにその侍いわれたかな?>
 <よもや聞き入れまいと思いましたら この侍 にっこり笑って 『さようか 見れば坊主頭ながら 二本差してるところを見ると ははあ 読めた医者か』『いえ 茶道の宗匠にござります』『うん そうか。武士に二言はないとおれは思う。よし 待とう。使いだけは果たしてまいれ』こう言いましたので 急いで前田家へ茶器を届けまして 約束通り護持院原に参り 打たれようとは思いましたが もとより刀とるすべも知りません 茶の宗匠。どうしても助かるすべはござりません。こと覚悟ではござりまするが ただいま申しあげたとおり かりにも両刀を帯しました武士でございます。無下に死んでは 先祖に対しても申しわけがないような気がいたしましたので ハッと心に浮かびましたのは『そうじゃ お玉が池の大先生に かようなときの武士の心構え いかようにもったらよかろうかを聞き申そう。必ずやかような場合の心構えをお教えくださるであろう』と こう存じまして 夜中をかように推参いたしましたご無礼 ひらにご容赦を願います>
 <おう さようか。あいや 承って逐一合点いたした。それじゃこれから護持院原へおいでなさるかな>
 <さようでございます>
 <天晴れだなあ。普通の武士にもなかなかできないお心がけじゃ。普通の武士なら 逃げるわ 隠れるわなあ。えらい>

―続く―



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