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シニアの放課後
<心に成功の炎を>40
2018年05月23日
テーマ:中村天風<心に成功の炎を>
あなた方の娘なり息子が お嫁に行ったり あるいは細君を持ったとする。いいかい。男の場合は むしろ非常にあなた方は寛大だけれども 女が嫁に行ったとする。いいかい。一生懸命お金をかけてお嫁にやった。おめでとう おめでとうといわれて 近所からもご祝儀をもらった。そして嫁に行ったところが 半年か一年たたない間に 娘の気持の中に どうも亭主が飽き足らない。そして チョイチョイ遊びに来る夫の友達の独身者に非常な愛情を感じたとしたら おっかさん どうする?
<娘 ちょいとおいで。何です 立派な夫があるのに。しかも 夫のご親友を好きになるなんてとんでもないことだ。何のために今までお母さんが厳しく教育したの>というような言葉で小言いうのを 何か非常に尊いことのように思う人がもしあったとしたら その人は時代おくれの 頭の中に鉄火味噌の入っている人ですぜ。
少し旧聞になるけれども 2、3年前 やんごとなき家筋でおこった問題。うちの会員で ある女の人が 30年連れ添っていた夫を嫌いになっちゃって 女のほうが 自分より十も年の若い人間に愛情を感じて あなた方の言葉で言うと 越すべからざるものを越しちゃった。私の言葉でいえば そんなものはない。越すべからざるものなんて。どこにいったい関所がある?
最初 夫の親類のほうから<意見してやってくれ>と私のところに言ってきた。
<お断りいたす。私は 心というものを説いてる人間で しかも真理にそって心を統御しろということを教えてる人間で 真理に逆らって心を統御せよということは 私の研究の中にないんですから お断りいたします>
<しかし これは悪いことでしょう>
<いいとか悪いとかということは 考え方によって違うでしょう。どういう点が悪いのか 私にはわからんが どういう点が悪いんです?>
<かりそめにも 身分の高い人の妻ともあるべきものが 体面をけがし しかも30年も連れ添っていながら 年が十も下の若い者に もうすでに許すべからざるものを許している>
<なんだ その許すべからざるものとは>
<それはいわなくてもわかるでしょう>
<わかったようでわかりません。何か許しちゃいけないものと許していいものとがあるんですか 女に>
<あります>
<ほう それははじめて聞いた。何かそれはあれですか 許しちゃいけないところに札でも下がっているんですか>
<先生 からかっちゃだめだよ そんなこといって。先生という人は もう少しもののわかる人間だと思ったら 案外ものがわからない>というから
<そうかなあ 物のわからない人間から物のわかるやつを見ると 物がわからないかねえ。あんたから見て物のわからない天風に 国務大臣でさえ いろいろ重要な国家のことを相談に来るとこをもってみると あの人たちは買いかぶっているのかねえ おれを。ま とにかくお断りする。お帰り>
それで間もなく今度は 女のほうと その若い男が直接に私に面会を求めてきた。それから会った。そして くどくど話しかけようとするから
<話さなくてよろしい。もうわかってるんだから。さて まず若い男に聞こう。たとえこのことによって そんなことはないけれどもね おまえが殺されても この人に対する愛情は偽りないかい?>
<ありません>
<じゃあ今度はあなたに聞くがね 世間からつまはじきにされて 日本でもって全然あなたに口もきかない者が出てくるような羽目に陥っても この男に対する愛情は薄くなりませんか>
<なりません>
<よろしい。じゃあ二人 今夜 逃げちまいなさい>
<えっ>
<逃げちまうんだ。家に帰る必要はない。ただし 今おかね持ってる?>
<二人でもって 5,6万円しかありません>
<それじゃあね あなただけ とぼけてお帰りなさい。それで 洗いざらいみんな 宝石でも何でも みんな持って出なさい>
<そんなことしてようござんしょうか>
<いいも悪いもない。私が後は引き受ける。あなた方の愛情に偽りがなかったら そうおし>
そうしたら 私が言ったものだから すっかり安心して行っちゃったよ。何でも5千万ばかりのものを持ってでて行っちゃったんだそうです。
そうしたらね 今度は夫のほうが火の玉みたいになりやがって 飛び込んできやがった。
<天地の真理を知っている大哲学者の先生がお許しになったから もう永久にここには帰ってまいりませんと 私の妻は書置きして出て行きました。先生が逃がしたんでしょう>
<逃がしたんじゃねえ。逃げろと そう言ったんだ>
<不埒千万>というから
<なんだ あなたは。人の家に来て たとえあなたがどんな身分であろうと 私に対して 不埒千万という言葉を言う権利はない。そういう気持を持ってここに話に来たのなら帰れ>
こうなると 私は強いんですからね。
<私は 今まで誰にも帰れなんて言われたことはありません>
<言われなくても おれは言うんだ。帰れ。おれは わけのわからねえ 石っころみてえなやつとは話さない>
<わけがわからないとは 情けないことおっしゃる>
<情けないどころじゃない。おまえなんてものはね まるで石っころよりもまだ価値がねえぞ>
<承りましょう それを>
―続く―
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