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シニアの放課後
<心に成功の炎を>33
2018年05月15日
テーマ:中村天風<心に成功の炎を>
言論家の声のでないのは ちょうど武術家が試合に行くときに 腕なり腰なりをくじいたか 折ったかというのと同じことだ。これが本当の声患いだといわれたけれども 確かに声患いだ。
そら えらいもんですな。朝 いつものとおり ベランダでコーヒーを飲んでいて もう一杯おかわりをもらいたいと思ってね 普段なら<おい もい一杯>とこう言えるのが<おっ うっ>・・・おかしいな。でないんですよ。
そうしたら うちの者が<どうなすったの?><うっ>。それからしょうがないから 手でもって<声がでない>と書いた。それでもわからないもんだから 筆をもってきて 紙にチョイと書いた。
講演がとにかく3日後にあるから 北海道へ行かなきゃならない。北海道じゃあ<日本3大言論家の一人来る>という広告を出している。大正の初期の日本三大言論家とは 田中舎身(仏教運動家)と鵜崎鷺城(評論家)と中村天風だった。とにかくその広告を立て看板でもって 町の辻辻に立てている。そこへ私が出かけていこうとするのに 声が出なかったらば これは司会者が大恥かくもんね。言論家が声がでねえじゃ 言論家じゃありゃしない。
すると まさか私のほうから出向いて医者にかかるはずはないから 会の野崎さんが医者のほうから来れば別だろうというんで 私の竹馬の友に 小野という耳鼻咽喉科の大家が 東京神田のニコライ堂の前にいて そこへ野崎さんが電話をかけたらしんだよ。
<先生 急に声が出なくなっちゃたんですけれどもね。遊びに来た体にして ちょいとおいでになって診てくださらない?>といったら 向こうじゃ半分ね<ふだん あのやろう 元気で頑張っていやがるから ざまあみやがれ ほんとうに。ひやかしてやれ>ぐらいのつもりできたんでしょう。
いつものとおり<こんにちわ>。まあ彼は3ヶ月にいっぺんくらいうちに来るんですよ。
それで ベランダに入ってきた。いつもだと<ようっ 入れ>と こう言う人間が何も言わないだろう。声が出ねえんだから。むこうは声が出ないのを知っていやがんだけど こっちは知ってきたとは思いやしねえ。
<どうした 元気か>
<うっ>
<おっ 声が出ないのか>というから
<うん>
<人の十人前も二十人前もふだんしゃべりやがるから 天罰だよ。さあ 餅は餅屋。こういうときは 友達がいがあるんだ。さあ 口を開けてみな>といわれて それでまた私も ヒョイと口を開けちゃったんだ。相手が親しい友達だから。そうしたら ガチャッと入れやがったのは 暴れる子供ののどを調べるときの開口器。
舌押さえの先に懐中電灯のついたやつで 最初笑いながら見てたよ。そうしたら だんだん難しい顔しやがってね。
<こりゃだめだ>と言いやがる。そうしたら 女房と野崎さんがいて
<何でございます?>
<癌。珍しい癌 こりゃあ。声が出るところのね すぐわきに癌ができてます。すぐ入院しましょう。うちの病院でよろしい。だがしかし 受け合いませんよ。90パーセントはだめだ。こりゃ。幸いに命を取りとめられるとしても 一生 もの言うことができないだろう。けど 医者としてはこれは黙っていられないから すぐ入院>
いかがです あなた方。日本でも一、二を争う よろしいか 耳鼻咽喉家の大家がそう言ったら あなた方なら<ああ 大変>と もう死んだような気持ちになってしまう。
そのとき私は ものが言えないんだから 筆で書いた。<入院はしない。北海道へ行く>書いたら 小野 何と思いやがったか また筆取りやがって<入院しなけりゃ死ぬ>と書きやがった。それからまたすぐ筆をとって<俺は耳は聞こえる>と書いてやった。
そうして 誰が何て言おうとね 北海道へ行ったよ。そうして やっぱり声がでない。
初日 ちょうど幸い 札幌の大きな宿屋 山形屋に たまたま本郷房太郎陸軍大将がきてたよ。そして 本郷さんは 陸軍大将の菱田という伝書鳩を日本に広めた少将を一緒に札幌に連れて来ていた。
だから私は この二人に <ちょうどいいから おれのかわりに講演してくれ。おれはこういうわけで声がでないから>と紙に書いて講演の代わりを頼んだんだよ。あの時分にはもう軍人が まして大将が来るなんていうと みんな喜ぶんだ。
ところが 札幌でしょ。東京から行った学生がうんと札幌の大学にいますわ。それが 天風先生が来るというんで とっても憧れの的らしくて 三千人以上 今井記念館に集まっちゃった。演壇のすぐ前のところまでもね。それでも入りきれない。そこで 表に拡声器出して 表にもまだ2,3千人いるってぐらいなんだ。
それでいながら 私が出ないんだろ。そら聴衆がわきだしたよ。
<天風先生を出せえ>というと また本郷大将が
<今言うたとおり お出になってもお話がでけんのじゃ>
そうするとまた 中には
<顔だけ見せろ>というやつが出てきちゃう。
控え室にいた私はね そこまで言うのに出て行かなきゃかわいそうだと思って 出て行ったよ。でも 声がでないんですから しゃべれません。しかしね この何千という聴衆から とにかくこれだけの憧憬を受けている以上は たとえこの場でいま倒れて死んでも構わん 一言ぐらいは言わなきゃと思ってね はじめてそのとき私は演壇の水を飲んだよ。
そして クンバハカになって
<しょく―ん>と言ったら 大きな血の塊がパーッと飛び出しやがった。それと同時に すらすらものが言えだしたじゃねえか。そのかわり コンコン コンコン血が出る。ハンケチ二枚とてぬぐい一枚がたちまち真っ赤。
そうしたらね 足元にいる学生たちがみんなですがりついて
<先生 もういいです。もうわかりました。やめてください>というから
<心配するな。おまえの血が出てるんじゃない。おれの血が出てるんだ。命なくすまでここに立ってないから安心してろ。おれの体はおれが知ってる。悪いもんが出ちまえば止まるから 心配するな>
1時間 血を吐きながらの講演。そら自分ながら 勇ましいと思ったよ。もの言うたびに ドロドロ ドロドロ出るんだもん。
それで その晩は9度近い熱。それでも 七日たったらね けろっと治っちゃった。
しかし その時にもしも 最初に<これはいけねえ 即刻入院 即刻手術。けれど 命は助かるか 助すからねえかわからねえ>と言われたら もう入院しない前に あなた方なら死んじまうよ。ちょうど幸い そこに紙と筆があるから遺言書くだろう。ありもしねえ金のことを。
しかし ありがたいかな 私は自分の命の正体は肉体でも心でもないと信念していますから 全然びくともしませんよ。
*
前にも言ったとおり 肉体を自分だと思うと 心は常に肉体の変化につれて安定しないんであります。
―続くー
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