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シニアの放課後

<心に成功の炎を>28 

2018年05月09日 ナビトモブログ記事
テーマ:中村天風<心に成功の炎を>

 そのうち 不思議なるかな 毎日感じていた体の熱が いきなりは引かなかったけれども ずうっと低くなってきて そして体の調子がなんとなくいいような気になってきた。私は 空気がよくなったからだと思っていた。けれど よく考えてみると こういう平地の空気と山岳地帯の空気は 山岳地帯の空気の方が薄い。酸素の分量が少ないわけですわね。
 そして 何となくこう 体に肉がついてくるような気がしてきた。それまでは 一町歩いても ハアハアいってたのが 今度は毎日 日本の里程でいうと一理半(6キロメートル)の道を歩かされるんだからね。先生がロバに乗っかって 先に進んでいく。その後から せっこら せっこら ついていく。最初はつらかった。つらいうえに 毎日たいてい3貫目(約11キロ)ぐらいの石ころを背負わされる。
 私も最初の日ね。これは結局 山へ行って何かに使うんだろうと思って それを背負ってね。こんな重いもの持たせやがって ほんとにまあ 自分の体ひとつだってつらいのにと思ったよ。
 そしてまた 山へもっていって そこへ置けっていうから そこへ置いて 一日の行を終えて帰ろうとするときに それをまた持っていけという。今日は つかわねえのかと思って またそれを持ってきた。そうしたら またあくる日 それを背負わされる。とうとう二日目に聞いちゃったよ。
 <これ 今日 何に使うんですか>
 <もう使ってる>
 <使ってやしません。着くとすぐここに置かせて 帰るときまたもって帰るじゃありませんか>
 <それでいいんだ>
 <それでいいんだって これなんのためです?>
 <おまえの修行のために これ担がせてるんだ>
 <私 石を担ぎにここへ来たんじゃありませんよ>
 <おまえは それを重いと思うか>
 <重いですよ これ。自分の体さえ持ち運ぶのに非常に困難を感じてるときに これは私に対しての過重の負担ですよ>
 <おまえ 生まれてから今までそれより体重増えたことないか?>
 <そりゃありますよ>戦争中には16貫(約60キロ)はありましたからね。
 <そのとき重いと思ったか?>
 そりゃ思いやしねえわね 誰だって。
 <思いませんでした>
 <おまえが もし 石と同じだけ体重が増えたら 石を背負ってると同じ重みを寝ても覚めても自分の体に感じることになる。そのとき どうする? 今度は山へきて座るときだけ それをおろすわけにはいかない>
 <でもそうなったときは・・・>
 <そうなったときと こうなったときと 同じことだよ。今からその気持をこしらえてるんだ>
 インドでは すべてがそういうやり方なんです。
 けれど だんだんだんだん 不思議なるかな 三日たち 五日たち 十日たったら その石がちっとも負担にならないんですよ。それだけ つまりからだの健康が回復してきたわけだね。
 けれども 私がいつも不思議に思ったのはね ロバに乗って トコトコ先に進んでいく先生の顔を見て<おかしいな この土地の人間。とくに こういうえらい理屈を知ってる仲間を見ると だれもかれも本当に糸みたいにやせているんだが>ということなんだ。やせてるんですよ。太ってるやつは一人もいやしないんだから。<それでいながら この先生は百を越して六つだというのに いっこうに体が悪いような様子には見えないんだがな。生まれおちてからこういう価値のない貧しい食いもので生きてる習慣性かな これは>と思った。
 そこでね あるとき 聞いてみたんだ。
 <へんなこと聞くようですが 食いものは極めてカロリーの乏しいもので それで皆さん 先生をはじめとして 病らしい病をもったものは一人もいないんですが これはどういうわけでしょう。この土地の人間にめぐまれた自然の恩恵でしょうか>といったら じいっと私の顔を見てね ニヤッと笑ってね
 <生き方の違いか>
 <えっ>
 <生き方の違いか>と 二度いった。
 <生き方の違い それは何の意味です?わかりません>
 <そうか それじゃあ一言いって聞かせよう。おれはね おまえみたいに体で生きていない>
 <えっ なんで生きてるんですか?>
 <おれたちは気で生きてる。体で生きてるというと 食いものだとか いや何だとか 肉体に対するいろいろの条件を考えるだろう。おれたちはもっともっと食いものが乏しくってもいいんだ 気で生きてるから>
 <わかりません その意味>
 <そうだろうなあ。それがわかりゃあ おまえはそんなばかな病 わずらってないはずだ。だんだんわかるだろう。わかるまでいつまでもいろ>
 わかるまで たとえ百年でもいろっていうみたいでしょう。
 先生というのは非常にのんきだったんだなと あなた方は思うだろうけれども 日本でせせこましっく生活している時の心理状態と 私みたいに足をひとたび日本から離して もう10年近くも大陸生活をすると いわゆる満州や蒙古のような ああいう大陸生活をすると まったく気持が違っちまうのよ。猫のひたいみたいなところで生きてるときと 同じ人間でも その心の中の状態がぜんぜん違っちまう。
 先生は年にいっぺんずつ 英国皇室の招待でイギリスに遊びがてらに行く以外は 毎日山に入っているような人です。
 そうして三月たったら 自分でもびっくりするほど健康が変わっちゃったんです。何にも養生ものは食べやしませんぜ。今言ったとおり カロリーの低いものを食べてた。なにも特別なことを私はやらされたんじゃないんです。ただもう毎日 1里半(6キロメートル)の道を歩かされ 山の上へ行って 日暮れ近くになって <さあ 下へおりよう>といわれると お供して帰ってくるというだけなんです。
 1年半以上たったときは 体が15貫以上(約56キロ)になって そりゃもうこれが私かと思うほど 諸事万事がまったく見違えるようになっちゃった。そして 1年半たってからは <インド人と同じ生活をしてよろしい。われわれの部落の人間と同じ習慣のもとに おまえもここでこもって この国を離れるまで この国で家庭を持っていい>とまで言われたんです。要するに 普通の人間と同じ健康生活を楽しめというんです。そういわれるほど 何でもできるようになっちゃた。
 <私 不思議です。なんでこんなに私のすべてが変わってしまうほどの 夢にも考えられない力が出たんでしょうか>といったところが
 <でるはずじゃないか もともと おまえは力を持ってる>
 こんなふうに ぽつりぽつりと 毎日この山の行き帰りに歩きながら 先生から聞かされる言葉の中から アッ アッと私は感じとっていったんです。先生と私は山に入ってしまうと もう別々なんだ。帰る時刻が来ると 遠くの方からロバの足音が聞こえる。そのロバに乗っかって先生がきて そして<麓におりよう>といって一緒に山をおりる。その途中の行き帰りに話すんです。
 そうして<おれかい? 俺はおまえのように体で生きていない。肉体で生きてるようなまぬけな行き方してるから おまえはわずらってんだ。おれは気で生きてる>という。その気で生きる生き方を次第次第に悟らせちゃったわけなんです。
<1行空く>

ー続くー



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